My Desk and Team

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育児・介護離職、障害者雇用、大規模災害……。経営者の「困った!」を在宅勤務制度で解決!

2014/07/14   更新:2018/11/30

シリーズ「目指せ!社員が輝く会社 社労士さんに聞く、これからの働き方」(1)在宅勤務 基本編

シリーズ「目指せ!社員が輝く会社 社労士さんに聞く、これからの働き方」(1)在宅勤務 基本編

星名真喜子さん

Profile

星名 真喜子 Hoshina Makiko

星名真喜子社会保険労務士事務所代表 特定社会保険労務士
日本大学 文理学部を卒業後、システムエンジニア、経理・人事・総務事務 等、様々なバックアップ業務を経験し、2013年に開業。
社会保険手続・給与計算の他、「経営者の事業理念に基づいた人事制度の構築・運用サポート」に力を入れている。「会社と社員が同じ目的に向かって行動すれば、会社業績は向上する」と考え、事業理念を浸透させるための会社のルールづくりや人事評価のサポートを行う。
好きな言葉「しかない、というものは世にない。人よりも一尺高くから物事を見れば、道は常に幾通りもある」(司馬遼太郎『竜馬がゆく』より)

経営者・人事担当者向け 新シリーズスタート!

これまで、『My Desk and Team』は組織の中で多様な働き方をする個人を中心にスポットを当ててきた。今後はそれと並行して、組織を守り、成長させていく側の経営者や人事担当者に向けても、価値のある情報を発信していきたいと考えている。それがこの『目指せ! 社員が輝く会社 社労士さんに聞く、これからの働き方』シリーズの目的だ。

シリーズの『基本編』では、人事・労務のプロである社会保険労務士の先生に社内環境の整備について必要な情報をレクチャーしていただく。『実践編』では、基本編で取り上げた制度を実際に活用している現場を取材し、その様子をレポート。知識と実例の両側面から制度を紹介し、理解を深めてもらうというコンセプトである。

第一回のテーマは、私生活と仕事の両立策として、また災害時や通勤時のリスク対策としてニーズの高まっている「在宅勤務」。社会保険労務士の星名真喜子さんに、在宅勤務制度のメリットや導入するための具体的なステップ、よくある不安や解消法について詳しく伺った。

社員の突然の離職――在宅勤務でリスクヘッジ!

アベノミクスの経済成長戦略の一つとして取り上げられ、話題となったテレワークとは、「ICT(情報通信技術)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」のことである。在宅勤務はテレワークの一つで、企業に雇用されている人が自宅で働く働き方を指している。

在宅勤務は経営者や人事労務担当者の多くが直面する悩みを解決する。例えば、手塩にかけて育てた部下の子供が待機児童になり、やむをえず退職してしまう場合や、経験を積んだベテラン管理職が親の介護のために離職してしまうというケース。法定雇用率通りに障害者を雇用したいのに、バリアフリー設備の設置など会社の受け入れ態勢が整っていない場合にも活用できる。

在宅勤務というと「小さな子を持つ母」など、特定の社員のみ対象となる印象が強い。しかし、育児中ではなくても、けがや病気、加齢が原因で今までどおり働けなくなったり、自然災害の影響で出社できなくなったりするリスクは誰もが平等に抱えている。その時々の環境に合わせて、「働き方のひとつの選択肢」として誰もが柔軟に在宅勤務に切り替えることのできる環境を作っておくことが、優秀な人材の離職を防ぎ、事業を継続・発展させることにも繋がっていく。

在宅勤務は、社員・経営者・社会にメリットがある制度

在宅勤務は、社員、経営者、社会の三方にメリットのある制度である。

社員は、自分のライフステージに合わせた柔軟な働き方が選べるため、無理なく長く働くことができる。オフィスへの通勤が不要だから、高齢者や障害のある方でも働きやすいし、移動を含めた拘束時間も短くなり、ライフワークバランスの向上に繋がる。

企業にとっては人材の確保が大きなメリットだ。離職の防止はもちろん、地元で働きたい遠隔地の優秀な若者を採用することができる。コストの削減も大きな魅力。出社する人数が減少すればデスクやPCを最低限必要な数だけ残してコンパクトなオフィスに移転することができ、賃貸料、光熱費、在宅勤務者の交通費などを浮かせることができる。自然災害時にも無理して出社させたり休業手当を支給して休業させたりせず、在宅勤務を命じて生産性をキープすればよい。

在宅勤務は社会的にも意義のある制度だ。「働く意思はあるのに、様々な理由で長時間勤務・長時間通勤が困難」という人たちの雇用を創出するということで、働き手が減少している社会を活性化させることができる。そのため国も助成金や補助金という形でこの制度の実現を後押ししている。

参考:平成26年4月創設 職場意識改善助成金(テレワークコース)
※労働時間等の設定の改善及び仕事と生活の調和の推進のため、終日在宅で就業するテレワークに取り組む中小企業事業主に対して、その実施に要した費用の一部を助成するもの。

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在宅勤務制度を導入する上での4つのステップ

それでは、実際に在宅勤務制度を導入する上で必要なこととは何だろうか? 初めて在宅勤務を導入する企業が、スムーズに制度を実施するための4つのステップを紹介する。

STEP1 「在宅勤務を導入する目的を定める」

導入するための最初のステップについて、星名さんは「まず、必要なことは、経営者の『導入したい』という熱意とコミットメントです。誰のために、何のために在宅勤務を導入するのかという目的を明確にしておきましょう」と語る。経営者の想いと社員の行動が乖離していくことのないように、最初にゴールをしっかりと定める必要があるとのこと。

STEP2 「管理職の理解と支持を得る」

在宅勤務者の上司が在宅勤務にネガティブなイメージを持っていると、事あるごとに反発が起きて計画が頓挫してしまったり、業務に支障が出やすくなったりする可能性がある。そのようなトラブルを未然に防ぐための有効な手段として、星名さんは「在宅勤務を実験的に導入するトライアルの段階で、管理職から優先的に体験してもらうこと」の意義を語る。管理職自ら在宅勤務を体験すれば、テレワークという働き方を理解した上で、組織としての目的を持って導入を図ることができる。不安なところや、不満に思う点については、現場に即した改善策が挙がるだろうし、その後の衝突も起きにくい。実体験があるため、上司から在宅勤務者への指示命令も適切なものになりやすいというメリットもある。

「管理職のトライアルが一通り終了した後は、在宅勤務を推進するチームを作り、現状の把握や具体的なシステムの導入について検討を進めていくと良い」とのこと。

STEP3 「就業規則の作成・変更」

常時10人以上の社員を雇用する事業場が新たに在宅勤務を導入するためには、就業規則の変更が必要になる。10人未満の規模では「就業規則に準じるもの」に記すこととされている。
星名さんいわく「大切なことは、最初に決めたルールをきちんと文字にして残しておくこと。明文化しておかないと、在宅勤務のルールが経営者や上司のその時々の判断に任されることになり、不公平感を生んでしまう恐れがあります」と語る。最低限定めておきたいのは、在宅勤務者に適用する評価制度や働き方のルール、指示系統の整理、業務内容、責任 、在宅勤務の環境を整えるためのコスト負担について。社員数にかかわらず、全員の共通認識として就業規則などに記載しておくとトラブルの防止にもなる。情報漏えいなどの重大な問題が起こったときの懲罰規定などを定めておくこともリスク対策として欠かせない。

STEP4 「研修・実践」

ルール決めのあとは、システムやセキュリティに関する研修を行い、実践となる。まずは在宅勤務を希望する少人数の社員が短時間または短期間から始めて、改善すべきところは適宜修正していく。そして徐々に対象者の輪を広げて、全員が必要のあるときに在宅勤務できるような体制を整えるのが理想だ。

普段、特定の人しか制度を使用していない場合、いざ大規模災害などで自宅待機になったときに在宅勤務制度が機能しない可能性がある。避難訓練や火災訓練のように、年に一度は「全員テレワークの日」を設けて、在宅勤務導入の目的が果たされているかチェックするのも一つの方法だ。「PDCAサイクル」を意識しながら在宅勤務制度を運用していくのが成功の秘訣である。

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「在宅勤務」導入の7つの不安と解消法

経営者・社員ともにメリットの多い在宅勤務だが、まだまだ本格的な普及には至っていないのが実情である。総務省が発表している「平成24年通信利用動向調査(企業編)」によると、平成24年の企業におけるテレワーク導入率(常用雇用者100人以上の企業)は、11.5%であり、実施している企業は全体の一割程度に過ぎない。常用雇用者100人未満の会社は調査の対象になっていないため、実際の導入率はさらに低いことが予想される。在宅勤務制度が進まない理由と解決策について星名さんに伺った。

1.在宅勤務向けの仕事がない

総務省の「通信利用動向調査(企業編)平成24年報告書」によると、テレワークを導入していない企業が「導入しない理由」として答えたのは「テレワークに適した仕事ないから(72.7%)」が最も多く、全体の7割を超えている。そもそも「テレワーク(在宅勤務)向けの仕事」とはどういうものだろうか? 星名さんによると、「経営者や人事担当者ごとに異なるイメージを抱えている場合が多い」という。

「在宅勤務というと、資料の整理や事務的な仕事、昔の内職のような簡単な仕事をイメージする方も多いのではないでしょうか。そういう仕事を探したり、在宅勤務者の数だけ新たに作り出したりするのには限界がありますよね。現在はクラウドやコミュニケーションツールなど、離れた場所にいる人同士が一緒に仕事を行うためのITツールが数多く開発されています。新たに仕事を作りだすのではなく、今目の前にある業務を、ITを使って会社以外の場所でできないかという発想で考えていくことが重要です」と星名さん。

具体的には普段パソコンで行っている作業や業務を中心に、仕事を棚卸し・可視化して、業務のプロセスごとにテレワークを活用できるものとそうでないものを仕分けしていく。例えば、データ収集や企画の立案など、一人で行っている業務は在宅勤務に移行しやすい。チームで動いているプロジェクトであっても、ネットワーク上の掲示板やチャットなどのコミュニケーションツールを使うことによって、遠隔地の仲間たちと協力して仕事を進めていくことも可能である。
在宅勤務を特別な仕事と捉えず、ITツールを駆使して普段の業務をクラウド化していくことで「時間や場所にとらわれない自由な働き方」を実現していくことができる。

※本サイトのこれまでのインタビューの中にも、さまざまな形で在宅勤務を実現している事例がある。この記事の終わりにリンクを掲載したので、ぜひ実践の参考にしてほしい。

2.社員の労務管理が難しい

在宅勤務を導入する上で「周囲の目がない自宅で、会社と同じような緊張感が保てるだろうか? 能率が著しく落ちるのではないか?」と社員の勤怠状況を心配する経営者も多い。

星名さんによると「社員が怠けるのではないかと心配する経営者も多いですが、反対に、会社に怠けていると思われるのが嫌で、就業時間以上に頑張りすぎて疲れてしまう在宅勤務者も多いのです。経営者、社員の双方がストレスなく働くためには社員が働き過ぎにならないよう適切な管理が欠かせません」とのこと。

在宅勤務者は、本人の経験や裁量に応じて「時間」と「業務」の2つのパターンで管理すると効果的だ。例えば、仕事を自分の裁量で進めることが難しい若手社員は「時間単位」で勤務状況を管理。具体的には、始業時・就業時の時間を明確にし、就業中は電子メール又は電話により常に上司と連絡をとれる状態を義務付けたり、WEBカメラで随時、着席状況をチェックしたりする仕組みを取り入れる。業務を丸投げするのではなく、適切な指示を与えながら進捗管理することにより、信頼関係をベースにした良好な職場環境を作ることができる。

子育てや介護で仕事が中断しがちな場合は、着席していた時間だけを就業時間として計測する在宅勤務の勤怠管理アプリ 「Fチェア」のようなサービスの利用も効果的である。

参考:Fチェア

勤怠管理のもう一つのパターンは「業務単位」の管理。ベテランの社員は、若手社員のような厳密な時間管理を強いられるとストレスで効率が落ちてしまう場合がある。スケジュールや納期などの必要事項を伝えて、業務単位で仕事を任せるほうが本来の力を発揮してくれるだろう。

星名さんによると「業務プロセスの組み立ての段階から任せられる人には業務管理、プロセスの指示・確認が必要な人には時間管理というように定めると良い」とのこと。

3.人事評価が難しい

「人事評価を行う担当者からすれば、在宅勤務者の仕事ぶりを評価するのは難しいと感じるようです。在宅勤務者の方でも、『出社している同僚のほうが、評価が上がりやすいのではないか』と不安になることが多いようですね。大切なことは、『目の前で働くこと=努力している』という既成概念を排し、在宅勤務者もそうでない方も一律に適用できる仕組みを考えることです」と星名さん。

例えば、入社間もない若手社員を評価するときには、仕事の成果よりも「仕事に対する熱意」や日頃の勤務態度などがチェックポイントとなるだろう。仕事を裁量で行うベテランに対しては、業務の進捗や成果、部下のマネンジメントなどが評価基準になる。

この評価基準を在宅勤務にも当てはめ、時間で管理している在宅勤務者に対しては、就業時間中の勤務態度で評価する。具体的には、就業中は上司の指示に対して適切に行動できているかどうかを、日々の報告内容や仕事の進捗度合いから判断する。また、業務に使うシステムのログインやログアウトの記録、更新した内容を適宜チェックする方法も考えられる。ただし、あまりに「監視されている」という意識が強くなると社員のストレスになってしまうので、やりすぎは禁物だ。

業務単位で任せているベテランは、通常の裁量労働制が適用されている社員と同じように、仕事の成果で評価すれば良い。同じ評価基準であれば社内で不公平感が生まれにくくなるため、安心して業務に専念できるはずだ。

4.指示伝達がうまくいかない

今まで「おい、これやっといて」と部下に資料を渡すだけで、阿吽の呼吸で業務が進んでいたような職場では、離れた場所にいる社員と一緒に仕事をすることに抵抗を感じることがあるかもしれない。これまで上司と部下が時間をかけて培った「感覚」で行っている伝達事項を、在宅勤務者のために言語化して整理していくことは骨が折れる作業だ。しかし、感覚だけのやりとりだと誤解が生まれやすく、在宅勤務者に限らず新人や中途入社者も馴染みにくいという難点がある。業務の流れや決定事項をきちんと整理して伝えたり、会議の議事録などを書面に残すことを徹底すれば、社内全体の仕事環境を改善させることにも繋がるのではないだろうか。

どうしても在宅勤務者への指示を面倒に思って避けてしまう上司もいるだろう。その対策として、「在宅勤務者への適切な指示ができているかどうか」を管理者の評価基準に追加することも効果的である。

5.セキリュティに不安がある

在宅勤務はセキリュティに問題があるのではないかと懸念する方も多い。確かにリスクはある。大切なことは、在宅勤務にはどのような問題が起こりがちで、対策として何ができるかということを知っておくことだ。総務省が公開している「テレワークセキュリティガイドライン」には、テレワークを活用することによる起こりうるリスクの分析結果と対策法が具体的かつ詳細に記されているので、リスクアセスメントに大いに役立つ。これを参考に情報セキュリティに関するマニュアルを作ったり、在宅勤務者に個人情報保護に関する研修を行ったりして、社員の意識を高めていくことがトラブル防止には欠かせない。

星名さんは「在宅勤務者に貸与するパソコンやウィルス対策ソフト、システムなどの情報を一元的に管理することのできるセキュリティ管理の担当者を決め、情報漏洩などのトラブルが起こったときの対処法を定めておくことも大切です」と指摘する。

参考:テレワークセキュリティガイドライン

6.コミュニケーション不足になるのでは?

在宅勤務の失敗例として、「在宅勤務を機に会社とのコミュニケーションが不足し、孤独に陥って退職してしまう」というケースがある。在宅勤務者は、仕事へのストレスや不満を感じていても気軽に相談する相手がいなかったり、業務の創意工夫などを情報交換する相手がいないため疎外感を抱えてしまったりすることがある。これらをケアするのに必要なのはコミュニケーションを促進する仕組み作りだ。例えば社内SNSなどを活用して、どこで仕事をしていても気軽に話しかけやすい環境を作っておく。仕事の話だけでなく雑談ができるような仕組みも作っておくことで、日常の意思疎通が活発になる。

星名さんは「できれば社内に一人、在宅勤務者の様子に気を配り、ケアを行う担当者がいると良いですね」と語る。在宅勤務の経験のある人なら適任だろう。

7.コストがかかるのではないか

在宅勤務を実施するためには、システムの導入や業務用のPC、ウィルスソフト、自宅のネットワークの構築などインフラ整備が必要となる。最近は在宅勤務者向けの無料で使えるクラウドサービスが増えてきているが、規模や性能によっては初期費用がかかる。その一方で、在宅勤務の活用で大幅にコストダウンできる部分もある。

まず、在宅勤務者に対しては毎日の通勤手当を支払う必要がない。席を固定せず、空いているPCで作業をする「フリーアドレス制」を導入すれば、デスクやPCは最小限の数に抑えられる。資料やデータのIT化を進めていけば本棚などの収納器具も減らせる。出社する人数やモノが減った分コンパクトなオフィスに引っ越すことができるため、ビルの賃貸料や光熱費などを抑制することが可能だ。これらのコストカットを実現していけば、在宅勤務のための初期投資を回収することは容易ではないだろうか。

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まとめ

在宅勤務は、社員はもちろん、経営者にとっても選択の自由を広げてくれる制度だ。社員が会社の場所や就業時間に囚われずに柔軟に働ける環境を整えることで、オフィスを好きな都道府県に移したり、海外に支社を作ったりする際のコミュケーションの不安も減らすことができる。

現在は、オフィスへの長時間の通勤や、就業時間を超えての長時間労働など、これまで当たり前だとされてきた働き方が見直される過渡期にある。在宅勤務は従来の働き方には馴染まなかった潜在的な『人財』を活用する有効な手段として今後ますます普及していくに違いない。社員が輝き、会社が潤い、豊かな社会を育んでいく可能性を秘めた「在宅勤務」。御社も導入を検討してみてはいかがだろうか?

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参考情報

【本サイトでご紹介している在宅勤務の事例】

【参考書籍の紹介記事】

☆☆

取材・文/三原 明日香 撮影/やつづか えり

 

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