My Desk and Team

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働きながら社会を変える、自分も変わる 〜パートタイム型の社会貢献〜

2014/05/19   更新:2018/11/30

飯田 一弘さん

Profile

飯田 一弘 Iida Kazuhiro

特定非営利活動法人Living in Peace 副理事長/教育プロジェクトプロジェクトリーダー
1977年生まれ、埼玉県出身。
東京大学法学部卒、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。
2000年より東京証券取引所(現・株式会社日本取引所グループ)に勤務。
2010年よりLiving in Peace教育プロジェクトに参画し、2013年に同プロジェクトリーダーに就任。
現在、仕事とNPO活動に加えて子育てにも奮闘中。

世の中には様々な社会問題がある。困っている人たちの存在を知ったとき、あなたならどんな行動をとるだろう?

内閣府の世論調査によれば、65.3%の人が「日頃,社会の一員として,何か社会のために役立ちたいと思っている」という(参照:社会意識に関する世論調査(平成26年1月調査))。

ボランティア活動、寄付、デモや署名活動など、社会貢献の方法は様々にある。最近では「社会起業」と言って社会課題を解決することを目的とした事業を起こす人もいる。

でも、内閣府の別の調査では、「ボランティア活動に関心がある」と答えた人が58.3%と過半数いるものの、実際にボランティア活動をした人は35.0%と、意識と行動にギャップがあることが分かる。特に働き盛りの社会人の場合、仕事が忙しかったり、自分に何ができるのか分からなかったりして、実際の行動に移せないでいる人も多いのではないだろうか。

飯田一弘(いいだ かずひろ)さんは、会社員として働く傍ら、NPO法人「Living in Peace」(以下LIP)の副理事長として活躍している。

国内外の貧困問題の解決に取り組むLIPには50人以上のメンバーがいるが、専従の職員はいない。全員ボランティアで参加していて、ほとんどが仕事をもつ社会人だ(学生も少数いる)。日常の多くの時間を本業に費やしながら、一部の時間を継続的にLIPの活動に割く。そんなあり方から、彼らは自分たちの組織形態を「パートタイムNPO」と呼んでいる。

LIPの事例は、「社会のために役立ちたい」という思いを抱きつつもどうすればよいのか分からない組織人へのヒントになるのでは? そんな思いを抱いて、飯田さんのLIPへの関わり方と、「パートタイムNPO」の運営ノウハウや意義について聞いてみた。

社外活動が本業のキャリアにも影響

飯田さんは会社では広報部門に所属し、株式市場を知ってもらうための広報活動と、CSRの一環として中高生に向けた金融教育プログラムの企画をしている。

新卒で入社し、すでに10年以上の社歴になるが、広報やCSRの仕事についてからはまだ1年しか経っていない。昨年、自ら希望して異動したのだが、それにはLIPの活動も関係しているという。

「LIPではウェブやメディアを使ったPRがかなり重要な側面があって、例えばWebだったらどうやってコンバージョンを上げるのかとか、そういう話をしょっちゅうするんですね。それが結構新鮮で楽しくて、『こういうふうにやるのか』と…。
こういう経験を今の会社で活かすんだったらこの部門かなと、希望して異動しました。
実際、LIPでSEOについて詳しい人とか広報をやってる人に色々教えてもらったりして、LIPの人脈を、仕事ですごく活用してます」

社外活動で得た経験や人脈が、本業にうまく還元されている飯田さん。何よりも、LIPの活動をしていなかったら興味をもたなかったであろう分野に、キャリアの幅を広げているのが興味深い。

interview

「なんとなく」の参加が「自分ごと」になるまで

飯田さんがLIPに出会ったのは、2009年。当時通っていた大学院の先輩にLIPの設立者である慎泰俊さんがいたからだった。

現在LIPの活動には、発展途上国向けの「マイクロファイナンスプロジェクト」と、日本国内の児童養護施設向けの「教育プロジェクト」という2本柱があるが、その頃はまだ「教育プロジェクト」が始まる前だった。

「当時彼のブログを読んでいたら、『このたび教育プロジェクトを始めます。人が足りません。募集してます』みたいなことが書いてあったんですね。
僕は児童養護施設のことも何も知らなかったんですけど、なんとなく『教育』っていう言葉に引かれて、連絡をとったんです」

それがきっかけになって、LIPの活動の見学に行くことになった。

その日は、LIPのメンバーがつくばにある児童養護施設に遊びに行く日だったのだが、「行きのバスの中で『児童養護施設とは…』という説明を受けるくらい、何も知らなかった」という飯田さん。初めて施設の子どもたちと遊んで、とても驚き、また興味をそそられたのだという。

「僕たちが行くと、子どもたちはすごく甘えてきたんです。
幼稚園児くらいの子がいきなり『抱っこー』と寄ってきて、すごくかわいいんですけど、僕の知ってる同じくらいの歳の子は最初は人見知りしたりするものだったので、びっくりしました。
それと、トランプをして遊んでいた時に、小さいかわいい子が普通の会話の中で「ぶっ殺すぞ」と荒っぽい言葉を使っていて、こんな子がこんなことを言うんだ、と思いました。
その後で、児童養護施設に来る子どもたちの背景や、それによる子どもの精神状態や発達のことを勉強して、今となっては子どもたちがそのような言動を取った理由が分かるんですが、そのときは、すごく違和感を覚えました。
つくばという身近なところに、こんな知らない世界があったという驚きがあって、なんとかしてあげようというよりは、まずは興味をそそられました」

そんな記憶に残る体験を経て、飯田さんは2010年春にLIPのメンバーとなった。

その当時、教育プロジェクトでは児童養護施設の子どもたちに「自己肯定感」を提供するプログラムを企画していた。だがそれは、施設の職員には受け入れてもらえなかった。

「提案を拒絶されて、みんなショックを受け、少なくない人がそこで辞めていったし、どうしていいか分からないという感じになりました。
プロジェクトとしては混迷を極めていましたが、僕はその時に初めて、『自分ごと』になったんです。ここまでリセットされたらこれまでの経緯を知らない俺もしゃべっていいだろうと…。そこからむしろ巻き込まれていったんですね」

最終的には、慎さんが児童養護施設に数日間住み込みをしたことで、LIPがやるべきことが見つかった。自己肯定感を育むといったことは、現場にいる職員が日々子どもたちと関わっていく中でしかできない。そこは専門家に任せ、LIPは子どもたちが育つ環境を良くするために、資金面でサポートしていこうということになったのだ。(この辺りの経緯や、そもそも児童養護施設の支援に至った理由については、慎さんの著書『働きながら、社会を変える。』に詳しい)

そして生まれたのが、「チャンスメーカー」という寄付プログラム。個人から少額の寄付を毎月継続して受け付け、集まった寄付と国の補助金などを利用して、大規模な施設をより子ども1人1人に手厚い養育が可能な小規模の施設に建て替えるというしくみである。(詳しい説明:チャンスメーカーの仕組み)。

chancemaker

心の底からワクワクする第三の場所

組織の危機に立ち会い、新しいプログラムの立ち上げを自分ごととして経験した飯田さんは、それ以来LIPの活動にどっぷりと浸かってきたようだ。

LIPでは、毎週土曜日にメンバーが集ってミーティングを行い、そこで各自担当することになったタスクを持ち帰って平日に進める。そのため、平日にもメンバー同士のメールが飛び交い、時には夜にSkypeでミーティングをすることもあるという。

仕事と両立させるのは大変なのではないかと思うが、飯田さんが活動を続けてきた原動力は何だったのだろう?

「僕の場合は『楽しかったから』です。
実現しようとしていることにも心の底からワクワクするし、一緒に働いている仲間のことも大好きで、週末が待ち遠しいと感じています。」

飯田さんは昨年教育プロジェクトのリーダーになった。飯田さんの働きがLIPの他のメンバーにも認められ、とても充実感を感じながら活動していることがうかがえる。家庭、職場と並ぶ「第三の場所」としてLIPが生活の一部になっているようだ。

meeting1

試行錯誤の「パートタイムNPO」運営

飯田さんが考えるLIPの一番良い所は、「いい人が集まる」という点だそうだ。

「正直であったり、心遣いがしっかりできたり、目が輝いているというような、素敵な人が多いんです。
そういう人を見てピンときて、また素敵な人が入ってくれるという循環があります」

土曜日のミーティングを見学させてもらうと、確かにとても雰囲気が良い。約2時間で10個ほどある議題を次々と処理していくのだが、皆が真剣かつ和やかに議論に参加していることや、GoogleドライブやSkypeといったWebサービスを活用して効率的に協働している様子が印象的だった。

ただ、ここまでくるには試行錯誤があったようだ。

最初は全ての議題にみんなが参加して討議するという「全員野球」でやっていた教育プロジェクトだったが、メンバーが20人を超えたあたりから、それでは回らなくなり、仕事を分担するチーム制になった。

また、入会しても「自分にできることがない」と動いてくれない人がいたり、すぐやめてしまう人がいたりして、新規入会のサポートを担当しているメンバーのモチベーションがすっかり下がってしまったこともあるという。

仕事が忙しくなるなどして、途中でフェードアウトしてしまう人もいる。

LIPが大切にしているポリシーとして、「本業/学業を大切にすること」というものがあり、本業を疎かにしてLIPの活動に傾注することは決して歓迎されない。だから本業が忙しくてどうしても手が回らないなら、タスクを他の人に代わってもらったり、一時休会するのもありだ。ただ、そのような切り替えができず、LIPへの関わり方が中途半端になってしまう人もいる。いつも顔を合わせているわけではないため、そういう人はだんだん様子が分からなくなってしまうし、本人も来づらくなって幽霊部員化してしまうのだ。

そんな経験を経て、LIPでは現在、入会希望者にはかなり時間をかけて本当に活動に参加できそうかどうかを見極めてもらう機会をつくっている。具体的には、事前にミーティングを3回以上見学した上で仮入会し、2ヶ月ほど仮会員として一緒に活動してみてから、あらためて志望動機書を書き、本会員になる、というプロセスだ。

また、教育プロジェクトでは人事を担当するチームが、忙しくてなかなか参加出来ていないような人に個別に電話をしてフォローする、などの対応もしている。

「でも、こういうのは対症療法で、根本的なものではない。もっと働き方のしくみを洗練させなければ」と飯田さんは言う。

根本的対策のひとつとして、現在は、LIP教育プロジェクトのビジョンを改めて定義しなおしているところだ。

全員がパートタイム参加で報酬があるわけではないLIPのような組織では、メンバーそれぞれのコミットの度合いは、各個人のやりたいことと、団体の目指すことがどれだけ重なっているかにかかってくる。だから、明確なビジョンが大事になるのだろう。

また、飯田さん自身は昨年子どもが生まれ、子育てとLIPの活動と、うまくバランスを取ることが課題になっている。これまでは小さな子どもをもつメンバーがいなかったが、これからは子どもがいても参加できるようにしていきたいし、地方や海外など、毎週顔を合わせることができない人とも一緒に活動していけるようなやり方を作っていきたいのだそうだ。

meeting2

社会課題の解決方法のテンプレートを作りたい

教育プロジェクトのリーダーである飯田さんが今一番関心を持っているのは、組織をどう動かすかということ。

「これまでは、いい人達が集まってくれるという状況に頼って、きちんとした組織づくりを怠ってきたという面もあって…。
そこを解決できれば、LIPは組織としてもっと力を増すのでは、と思っています」

飯田さんは、LIPが成功事例を作ることは、貧困問題の解決に貢献するということの他に、社会課題の解決の仕方の新しいテンプレートを提供するという意味もあると言う。

「一般的にNPOはお金の面でとても苦労しています。運転資金を得るために助成金をもらったとしても、それによってやりたいことができなくなったりとか…。
パートタイムNPOなら、(専従者がいないので)人件費やオフィス代などを考えずにやりたいことに邁進できる。そのメリットはとても大きいです。
人材の面でも、(収入のことを気にしないで参加できるので)他のNPOでは得られない良い人材がいます」

それぞれ本業があるため、互いに顔を合わせて一緒に動ける時間が少ないことが大きな制約になるが、それを補ってもあまりある利点があるということだ。

だからこそ、飯田さんは「パートタイムNPO」というやり方で成功事例を作るという使命感をもって、メンバー同士が顔を合わせないでもうまくやっていける組織にしていくにはどうしたらよいかと考えている。

「山を登るときに、これまでは登山道が一本だったところに、別の道を開拓するのが自分たちです。
その過程で、パートタイムNPOのひっかかりやすい『あるある事例』が抽出できるはずで、それを次にチャレンジする人たちに伝えることができます」

最後に、「パートタイムNPO」に参加する個人のメリットを聞いてみると、「パートタイムだからこそ、参加しやすいのが最大のメリット」という答えが返ってきた。

「非営利の領域に関心があっても、それを職業として選ぶのは相当な冒険です。一般的には、家族が反対するくらい収入が激減しますから。
でも、LIPを知って『こういうやり方があったんだ』と驚いてやって来る人が結構いて、思いを抱えながらも生活のために満たされないでいる人は、実は結構いるんだな、と」

また、うまくバランスをとって活動できれば、本業の仕事に還元されるものも大きいし、逆に仕事で得た知識経験をNPOの方に提供することもできる。

飯田さんの場合は、広報の知識をLIPで吸収して仕事に活かすことができているほか、LIPがマネジメントスキルを鍛える場にもなっているという。報酬や上司部下といった関係性で仕事を命じることのできないボランティアの団体では、人を動かすということが会社でやる以上にとても難しいからだ。

そんな難しいミッションについて語る飯田さんは、とても活き活きとしていた。
今の仕事とは別にやりたいことがある人はもちろん、職場でできる以上の経験をしてスキルアップしたい人も、パートタイム型の社会貢献に参加することには大きなメリットがありそうだ。

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参考情報

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取材・文・撮影/やつづか えり

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