Profile
望月 暢彦 Mochizuki Nobuhiko
新規事業開拓家/会社員
大手電機メーカーから青年実業家を志し転身。経営の醍醐味と厳しさを体得。ベンチャー経営と海外経験を武器にIT企業に転職。新規事業開発を重ね、社内ベンチャーを起業。
【強みは経歴:会社員→独立ベンチャー→会社員→社内ベンチャー】
会社員、起業、社内起業と様々な経験から、それぞれのメリット/デメリットを知り豊富なノウハウを持つ。事業アイデアに対し、個人のケースに応じた最適な方法を導きだす独特の手法が評判を呼び、社内はもとより社外からもアドバイスを求められている。
「社内起業」や「社内ベンチャー」といった言葉を聞いて、皆さんはどんなことを考えるだろう?
おそらく大多数の方は言葉は知っていても明確なイメージはないし、自分には関係ないと思うのではないだろうか。だが、「今のまま会社から与えられた仕事をしているだけでいいのだろうか」、「自分はもっとこんな仕事がしたい」、「ここを変えれば、会社はもっとよくなるのに」といった想いを抱く人はきっと多いはずだ。
望月暢彦(もちづき のぶひこ)さんによれば、「社内起業」のノウハウはそんな人たちにも有効なものだという。
望月さんは、自分らしい自由な生き方を創っていくための様々な学びの場を提供している自由大学の人気講義「社内起業学」を担当している。講義の公式サイトには、社内起業には”会社に縛られたくない個人」と会社の共存の可能性”があると書かれており、そこに新しい働き方のヒントがあるのではないかと感じ、お話を伺った。
会社の中で自分がやりたい仕事をするのが「社内起業」
望月さんは、現在勤めている通信系のIT企業で、自らの提案による社内ベンチャーを立ち上げた経験がある。その事業は、「3年目で単黒、5年目で累計黒字を達成」という社内ルールにより、残念ながら終了した。しかしその経験を買われ、シリコンバレーで新しいソフトウエアを見つけて国内に導入するという現業の傍ら、社内外でそのノウハウを教えるようになった。今の会社の前には、大手電機メーカーから独立して起業した経験もあり、会社員、独立起業、社内起業それぞれのメリットとデメリットを知っていることも大きな強みだという。
そんな望月さんによる「社内起業」の定義は、必ずしも社内ベンチャーを立ち上げることに限らず、もう少し広いものだ。新しいプロジェクトを始めるとか、業務のプロセスを変更するといったことも含めて、会社の中で自分のやりたいことを提案し、会社の承認を受けて始めることを「社内起業」と捉えている。
インタビューの日、第7期目の「社内起業学」の最終講義を覗かせてもらい、各受講生の企画のプレゼンを拝見したが、たしかに今担当している業務を改善するための提案から、ひとつの事業部や別会社の立ち上げに繋がりそうな大きな提案まで様々なアイデアが出てきていた。

「社内起業学」の受講生によるプレゼンの様子。
自分のアイデアを社内で認められる企画にするには
やってみたいことやアイデアを持っていても、「自分の担当業務では、新しいことを提案することは求められていない」とか、「こんなアイデアを会社が認めるとは思えない」とか、はたまた「自分のやりたいことと会社の事業に全く関連がない」といった理由で、その思いを内に秘めたまま、という人もいるのではないだろうか。
会社によっては社内ベンチャー制度や新規事業提案コンテストといった形で、社員に提案の機会を与えているところもあるが、望月さんは「本当にやりたいことがあるのなら、むしろ制度はない方がいい」と言う。
「そういう制度があると、何か提案しようとすると『コンテストに応募すればいいじゃない』と言われますよね。そうすると年に1回とか2回とか、そのときしかチャンスがなくなってしまいます。それで通ったとしても、与えられる金額の限度や用途が決まっていたりして、やりたいことができないこともあります」
望月さんが教えているのは、そういう制度がなくても、自分のやりたいことをビジネスモデルに落とし込み、企画書を書き、会社と交渉するためのノウハウだ。
とはいえ、自分のやりたいことが会社の事業とかけ離れすぎている場合は、やはり独立して新たな道を行くしかないのではないだろうか?
「確かに、IT系企業の社員が『ラーメン屋をやりたい』と思っているような場合は辞めた方が良い場合もありますね。だけど『関係がない』というのは本人の思い込みであって、第三者の視点にたつと、そのビジネスが会社の役にたつことがあるかもしれません。
例えば、会社には飲食業界のお客さんが多くいて、そんなお客さん向けのマーケティングのために自分たちも飲食業をやって生のデータを集めることが役にたつはずだ、とか…」
ポイントは「自分のやりたいことをどれだけ会社の課題に近づけられるか」。講義の中では、そのための気付きのヒントを教えている。
また、自分ひとりで考えているとどうしても最初のアイデアに固執してしまいがちだ。視点を変えたり視野を広げるためには、他人、特に会社の事情にとらわれないで話ができる社外の人に相談するのが有効である。「社内起業学」の講義では、他の受講生とのディスカッションを通じてアイデアがブラッシュアップされることも多いそう。また、すでに80人に登るという卒業生たちの中には様々な分野のプロフェッショナルがいる。望月さんは、そういった卒業生たちに相談したり協力を求めることも大いに勧めている。
「社内」起業のメリットとは?
「社内起業」についてのよくある疑問のひとつとして、「独立して起業するよりも良いことなのか?」というものがあるだろう。
例えば、ものすごく良い事業計画が描けたなら、思い切って会社を辞めてその事業の立ち上げに100%集中したほうが良いのでは?
「それはやりたいことと、どれだけの資金がいるかにもよりますね。自己資金でひとりでできるんだったらいいですが、借金してやるのは大変ですよ」
社内起業の利点として望月さんは、まず「会社の信用力」が利用できることを挙げる。
独立したら顧客をゼロから開拓しなければいけないが、社内起業なら既存顧客にアプローチできる。また、親会社の名前を出せば無名のベンチャーよりも話を聞いてもらいやすいこともあるし、逆に親会社の色を出したくない場面では出さないなど、社内ベンチャーなら名前を柔軟に使い分けることも可能だ。
そしてもうひとつの利点が「資金繰りに悩まなくても良いこと」。新規で会社を立ち上げると、オフィス賃料や給料などの固定費が重くのしかかる。望月さん自身、自分で会社を経営していた時代には、とても売れているにもかかわらず、資金繰りで大変苦労した経験があるそうだ。
また、日本の企業ではたとえ失敗したとしても「挫折を経験した=成長した」と評価され、頑張っている限りはすぐに解雇されたりはしない。(よく「アメリカは失敗が認められる文化」という話を聞くが、それは起業家に関する話で、日本とは逆に会社員は失敗するとかなり簡単に解雇される)
つまり、会社の資産を有効に活用し、失敗を恐れずに新しいことに挑戦できるのが社内起業なのだ。だから望月さんは、可能性があるなら会社を辞めないで社内でやりたいことを実現することを勧める。
前例のないことを認めさせるための交渉術
とは言え、多くの会社では前例のない新しいことを始めるのはとても難しい。
いくら良いアイデアであってもなかなか理解が得られず、「こんな会社辞めて、早く起業した方がいいのでは?」と思うこともあるのではないだろうか。
そんなときでも、望月さんは「粘った方が良い」と言い、なかなか通りにくい新規提案を通すための様々なノウハウを伝授している。
例えば誰に対して提案するのか。企画の内容によって、その提案が一番響く相手を見極めることが大事だという。
「安易に直属の上司に言ったりすると、その上司には判断することができないから止められたりして、その後動きにくくなったりします。
だから一番響く相手が誰かを考えて、まずはその人に非公式に打診するんです。その人と面識がなければ、出勤時のエレベーターで接触できるように待ちぶせてエレベーターピッチをするといった方法で」
見学させてもらった講義では、完成させた企画書をもって「交渉をする」という場面での基本姿勢や小さなコツまで様々なノウハウが語られていた。
例えば、交渉のゴールは「勝負」ではなく「両者納得」にもっていくことである、という考え方。まずは会社の「現状」と「問題」を示し、相手もそれを肯定している状況を作るのが大事だ。そのために、相手が普段よく使っている言葉を企画書の中に盛り込む、といった工夫ができる。
そして、「問題」に対する「解決策」が「自分のやりたいこと」であるわけだが、いくらうまい解決策であっても、人は前例のないことの良し悪しを判断するのは難しいし、判断したがらない。そこで、他社の似た事例などをわかりやすく提示して、判断のものさしを提供してあげることも大切だという。
さらに、交渉の落とし所を「スモールスタートの承認」にもっていくこと。「解決策」のところでは大風呂敷を広げて「大変そうだな」という印象をもたれても、「まずは小さく始めさせてください。そのために◯◯◯を認めていただきたい」という具体的で小さな提案をして「それくらいなら」と思わせることができれば、企画は通りやすくなる。
これ以外にも、いろいろなノウハウが散りばめられていて、社内起業に限らず役に立ちそうで興味深い内容だった。

最終講義では、「未来を歩く姿勢学」の篠田洋江教授をゲストに迎え、プレゼンの際の立ち居振る舞いについてのアドバイスも行われた。
社内で活躍するために、社外に師・仲間を持つ
自由大学の各講義は5回で終了するが、望月さんは最終講義中に何度も「社内起業学は終わらない」という言葉を口にしていた。それは、講義が終わってからでも、求められればフォローを惜しまないという望月さんのスタンスからきている。実際に、週に1回は誰かと会って相談を受けているそうだ。そして、講義の終了後2,3か月が経ってから「自分の企画が通りました!」という卒業生が続々と出てきていて、口コミで新たな生徒が集まってきているという。
生徒が増えてくるとアフターフォローも大変になっていくのでは、と心配になるが、最近では卒業生たち同士も自主的に同窓会を開き、それぞれのやりたいことに向けてお互いに相談したり協力したりするようになった。テーマ別に分科会がつくられ、お互いの背中を押す仕組みを自分たちでつくっているそうだ。
お話を聞いていて、社内で新しいことを提案して活き活きと働いていくためには、会社の中ばかりを向いていてはダメで、会社の外に良い先生や仲間を得ることがとても有効なのではないかと感じた。
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関連情報
自由大学の「社内起業学」の第8期は2014年1月に開講予定とのこと(講義は、1月19日(日), 26日(日), 2月2日(日)の午後に実施)。
講義に関する最新の情報は、公式ページをご確認ください。
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取材・文/やつづか えり 撮影/宅美 浩太郎

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