My Desk and Team

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子育てしながらここちよく、だけど本気で働く方法

2013/09/19   更新:2018/11/30

京王線仙川駅前の商店街の一角にある「cococi」。ここは、「ここちよくはたらき、ここちよく暮らす」というコンセプトで運営されているコワーキングスペースだ。

children

入り口で靴を脱いで奥へ進むと、フローリングの部屋と畳の部屋がひと続きになっている。フローリングのスペースには大きなテーブルが2つあり、利用者が仕事をしたり、イベントの日にはそれを囲んでワークショップをしたりする。畳の側には運営メンバーの執務スペースがあって、その傍らでは小さな子どもが遊んでいたり、赤ちゃんがすやすやと寝息を立てていたり…。ここは、子どもを連れて来られるコワーキングスペースなのだ。
実際に、今回インタビューさせてもらった3人のうちふたりは子連れで来ており、取材する側も、カメラマンの1歳の子ども同伴で訪問させてもらった。

cocociを運営するのは、「非営利型株式会社ポラリス」。子育て中の人たちが地域の中で多様な働き方を実現することで、結果的には母親に限らず誰でも暮らしやすく働きやすい社会を作っていくことを目指している組織である(その理念や、「非営利型株式会社」とは何かについては、ポラリスの「Philosophy -理念-」のページをご覧いただきたい)。
今回は、このポラリスのスタッフであり、ポラリスの事業のひとつである「セタガヤ庶務部」のメンバーでもある田中順子(たなか じゅんこ)さん、田中未津子(たなか みつこ)さん、山下早苗(やました さなえ)さんにお話を伺った。

チームだからできる、新しい働き方

「セタガヤ庶務部」とは、企業などから様々な業務をアウトソーシング先として請け負う組織。その特徴は、かつては企業で働いた経験をもつ子育て中の女性たちがメンバーであるという点、それぞれの自宅でインターネットを活用し、お互い離れているがチームとして助けあいながら仕事をしているという点にある。

「庶務部」の他には「IT部」「企画部」「制作部」もあり、請け負う仕事は、データ入力、イベント運営のサポート、Webサイト制作、商品開発に向けた座談会やモニター調査の実施など、多岐に渡る。メンバーの経験・スキルや、女性・主婦・母親といった特性を活かせることを見出して、業務の幅を広げてきたという。(手芸がプロ級にうまいメンバーもいるので、「ミシン部」を作ろうという話もあるそう。そうなると企業だけでなく、子どもの登園・通学グッズが必要な個人からの注文も見込めそうだ)

毎月行われる説明会に参加し、その考え方に賛同すれば、だれでもメンバーになれる。テレビや新聞で取り上げられたこともあって注目度があがり、今では100名を超えるメンバーがいるそう。

メンバーになると、Facebookグループで情報共有が行われる。新たに受注した仕事の情報もここでアナウンスされ、基本的には立候補制で誰がやるかが決まる。
立候補制ということは、自分のスキルや生活の都合に合わせて「できる」と判断したものを選べるということ。まずはここに、企業でフルタイム、あるいはパートタイムやアルバイトで働くのとは異なる、柔軟な働き方を実現できるしかけがある。

さらに特徴的なのは、そのようにして担当者が決まった仕事でも、完遂させる責任はチームで負うという考え方だ。「できる」と判断したことでも、子どもの病気などで時間が取れなくなってしまう、といったこともままあるのが、子育て中の親というもの。そんなときはFacebookグループで素早く連絡を取り合い、他の人がカバーする。それが当たり前にできるのがセタガヤ庶務部なのだという。

「ゆるやかだけど、本気」「ここちよくはたらく」スタイルを、一緒に作っていく段階

interview1

出産・育児などの理由で一度仕事から離れてしまった人たちが、単に「収入を得たい」ということであれば、パートなどに出る方が効率的に稼げる。セタガヤ庶務部には、新しい働き方に興味を持ち、「ゆるやかだけど、本気」「ここちよく暮らし、はたらく」「仕事や生活で培った経験・スキルを活かす」といった理念に共感してやってくる人が多い。

まだ試行錯誤の時期だから、その理念を実現するためには、一緒に新しい働き方を作っていくという気持ちで積極的に参加して欲しいと、3人は言う。

人数が増えてきているので、ひとりひとりの顔や人となりが把握しにくくなっているのも確かだが、仕事に対して積極的に手を挙げる人や、半年に一度行っている交流会に顔を出してくれる人などは、印象に残るし得意なことなどもわかってくる。そうなると、クライアントから仕事を受ける段階で、「これはあの人に頼めそう」と顔が浮かんで、直接声をかけてみる、ということもあるそうだ。

リアルな場とクラウドを活用した効率のよいコミュニケーション


田中順子さん

Profile

田中 順子 Tanaka Junko

元鉄道会社広報勤務。フルタイムワーキングマザーとして勤務したが育児や仕事のバランスを見直すため退職。育児 中心としながら新しいはたらきかたを模索するためにインターンを経てPolarisの運営に参画。庶務部、企画部担当。

田中未津子さん

Profile

田中 未津子 Tanaka Mitsuko

芸能活動を行いながら、様々なアルバイトを経験。芸能活動休止後は大手通販会社でスーパーバイザー、トレーナーとして業務に従事。育休中にPolarisのインターンとなり退職後本格的に参画。子連れワークスタイルを実践。スペース運営担当。

山下早苗さん

Profile

山下 早苗 Yamashita Sanae

元プログラマー。銀行系のシステム構築に携わる。転職後物流系の業務に従事。2012年夏よりセタガヤ庶務部に参加。育児を中心としながら、IT経験を活かしてフリーランスとして活動すべくIT部へ参画。現在サイト構築や運用などを手掛ける。

順子さん、未津子さん、早苗さんの三人は、セタガヤ庶務部のいちメンバーとしての仕事もしつつ、ポラリスのスタッフとして新規事業やイベントの企画・運営、セタガヤ庶務部の各種案件のコーディネーター、メンバーの管理、謝礼金の支払いといった役割を担っている。

3人とも徒歩や自転車でcocociに来られる距離に暮らしており、cocociという場と、遠隔でもやりとりできるクラウドツールをうまく組み合わせて仕事をしている。

小学校1年生の女の子と保育園に通う男の子がいる順子さんは、普段は週2〜3回4時間ほどcocociで、家では夜、子どもが寝た後に仕事をする。ただ、娘さんが夏休みで家にいた8月の間はほとんど仕事の時間は取らず家族との時間を優先、という風に、状況に合わせて仕事の量も調整している。

2歳の女の子がいる未津子さんは、昼間の自宅だと子どもを見ながらのデスクワークが難しいので、子連れでcocociに来て仕事をし、自宅では夜20時頃に子どもが寝てから仕事をする、というスタイル。打ち合わせも含めて週に3〜5回cocociに来ているそうだ。

小学校5年生の男の子と、幼稚園に行っている女の子がいる早苗さんは、娘さんが幼稚園に行っている10時から13時頃の間と、子どもたちが寝ている深夜に仕事をしている。

夜に仕事をしているときはそれぞれFacebookにログインしていて、「あの人もまだやってるな」と思いながら頑張ることも多いそう。

オンラインでのコミュニケーションが多いが、会って話せばすぐ終わることは、会えるとわかっている機会までおいておくなど、顔を合わせる機会もうまく活用するようにしている。逆に、月1回はスタッフ全員が集まって案件の共有や振返りをするが、そのときも備忘や来られない人への共有のために、クラウド上に記録を残すようにしているという。

クラウドツールは、FacebookだけでなくGoogleカレンダー、サイボウズLiveやドロップボックスといったものも活用している。

常に同じ場所、時間で働いているわけではないことを前提にしつつ、cocociという共通の場所もうまく活用する、上手なコミュニケーション方法を編み出してきた、という印象だ。

子どもがいることで肩身の狭い思いをすることがない

interview2
場所やツールの使い方だけでなく、「子どもを育てながら働く」ことで直面するいろいろな課題に対する対応も、とても合理的だ。

例えば子どもが病気にかかったとき。一般的には、父母のどちらかが仕事を休んだり、祖父母や病児保育に預けてなんとかするということになる。ポラリスでは、手足口病にかかった子どもがいたときに、その子と母親はcocociに来て、それ以外の子連れのスタッフはそのときだけ子どもをおいてくるか自分も在宅で仕事をする形で対応したことがある。また、インフルエンザが流行した時には、インフルエンザにかかった子をひとつの家に集め、ひとりのお母さんがまとめて面倒をみることもあったそうだ。

クライアントとの打ち合わせなども、子連れで行くのが適切ではない場合は、子どもはcocociで他の人に見てもらって、自分だけ行ってくるということもあるという。

お互いに子育てを経験していて信頼し合っているスタッフ同士であり、仕事に対する姿勢が真剣だからこそ、柔軟なやり方で手を貸し合えるのだろう。

「子どもがいることで肩身の狭い思いをすることはない。子どもがいても、受けた仕事はきちんとやるという意識がある」(早苗さん)という言葉が印象的だった。

行動すること、失敗を恐れないことで道がひらける

interview3
最後に、3人がポラリスやセタガヤ庶務部に出会ったきっかけと、これからそういう出会いを得たい人に伝えたいことを、それぞれ語ってもらった。

「私は1人目の子どもの時にフルタイムで働いていたけれど、このまま続けていくのはしんどい、子どもの成長を見られないし、会社の中でのポジションを得ていくのも難しい、と復職して1年半で辞めました。
だけど専業主婦でも何かしたいと思っていて、世田谷区の男女共同参画センターのイベントになんとなく行き、そこでcocociを知ったのが、ポラリスに関わるようになったきっかけです。
そうやって一歩外に出てみたことが始まりでした。
だから、まずはいろいろ調べてみるのが大事。そして種が落ちてそうなら行ってみる、いろんな人と会って話をしてみる、いい働き方してるなぁと思う人がいたら実際に仕事の様子を見せてもらうといいと思います」(順子さん)

「以前は子どもができたら預けて働くのが当然だと思っていたけれど、妊娠したら考えが変わったんです。切迫流産で6か月入院して考える時間がいっぱいあったこともあって、子どもを預けて働くことに抵抗を感じるようになり、前職を辞めました。
その後、知り合いがcocociに連れてきてくれて、ここで働きたいと思い、まずはインターンになるために講座を受けたんです。
ああしたい、こうしたいと思っているだけじゃなくて、一歩踏み出して行動することってすごく大事。『でも…』というやらない言い訳をしないで、やってみることです」(未津子さん)

「私は最初の子どもが生まれた時、仕事は続けたかったけれどアルバイトだったので、辞めざるを得なかったんです。それで、子どもが小学校に入ったら仕事を再開しようと思っていたら第二子ができ、その子も小学校に上がるのを待っていたら、もう年齢的に就職は厳しいな、と感じました。
実家も遠くて預けるところもないからどうしよう、と考えていたときにセタガヤ庶務部を知ったんです。
ここを知ったのは偶然だけど、それは自分が何かを求めていたからだと思います。自分の視野を広げる、いつもと違うものを見てみるのがとても大事です。
どうしようか迷った時には流れに身を任せてみる。ダメならやめればいいじゃん、というつもりで、やってみればいいと思います」(早苗さん)

一人で考えているととてもむずかしく思えることも、少し外に目を向けてみたり人に相談してみると、意外と思ってもみなかった新しい方法に出会えたりして、それが日々の生活を大きく変えることがあるんじゃないか。そんな希望が湧いてくる、3人のお話だった。

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関連情報
非営利型株式会社ポラリス
セタガヤ庶務部
cococi Coworking Space

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取材・文/やつづか えり 撮影/岡 明子

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