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経営学者が聞くソニックガーデンの哲学【3.組織風土・イノベーション編】(宇田川元一埼玉大学准教授×倉貫義人ソニックガーデン代表)

2017/02/03   更新:2018/12/10

「1.働き方編」、「2.人材採用・育成編」に続き、本編ではソニックガーデンの経営スタイルの原点や、共通の価値感を持ちながらイノベーションも生むしくみなどについて、宇田川元一さん(埼玉大学大学院人文社会科学研究科准教授)と倉貫義人さん(ソニックガーデン代表)の対話をお届けする。

効率を上げて得た遊びの時間で新しいビジネスが生まれた

宇田川元一埼玉大学准教授と倉貫義人ソニックガーデン代表

宇田川: 先ほど伺った、徒弟制度で組織の価値感を伝えていくという方法は、みんながひとつの中心に向かっていくという性質がありますよね。一方で、仕事って外側に広がっていく部分もあると思います。会社にとって望ましい人間観のようなものがしっかりできてくると、例えば新しい事業が生まれにくくなったりはしないですか?

倉貫: イノベーションというところにつながる話かもしれないですけど、僕らがやっている「納品のない受託開発」の特徴のひとつが、「お客さんと時間で契約しない」ということなんです。
時給で仕事をすると、エンジニアは効率をあげると短い時間でできてしまい、もらえるお金が少なくなる、ダラダラやった方がたくさんお金もらえるということになります。それは良くないので、僕らの場合、お客さんには僕らがどれだけ時間をかけているかは見せません。毎週の打ち合わせのたびに1週間の成果を見せます。だけど、それが1週間かかったものなのか、半日で終わっているのか、それは気にしないでください、というふうにしてるんですね。
僕らはお客さんに時間を見せなくて済むので、エンジニアは腕を磨いて生産性を上げるほど、短い時間で成果が出せるようになります。
そうすると、ベテラン社員は同時に多くの案件を持てるようになりますが、もう一つのポイントとしては、自分の給料分を十分稼げるようになったら、もうそれ以上の案件を持つのはやめるんです。
普通の会社で、コンサルタントとか弁護士がすごくできるとなると、できるだけたくさん案件を持って、その分たくさん給料をあげる、という形になるでしょう。でも、僕らの会社では給料はベーシックインカム的なもので、それ以上仕事をしても額が増えるわけではない(給与制度については、「1.働き方編」を参照)。だから、それ以上やるのはやめようぜと。そうすると、できる人は週の半分ぐらいでお客さんの仕事が終わっちゃいます。残りの時間は遊んでいいことになってるんですね。ただし、「仕事の遊び」をしましょうと。
社内で遊びの時間を持ってる人たちが何人か出てくるので、その人たち同士でチームを組んで、オープンソースを公開したければしてもいいし、新しいプロダクトを作ったり事業をやってみたり、好きなことをやっていいんです。会社の時間の中に稼ぐ時間と遊ぶ時間がある。この遊びの時間を、僕らは「部活」と呼んでるんです。

宇田川: 部活(笑)

倉貫: 会社の公式の活動なので、経費も会社の設備も使って何をしてもいいよと。
以前は部活ではなく新規事業と言ってたんですね。でも、それだとつまらなくなってきちゃって。せっかく仕事の効率を上げて空いた時間にプログラミングで遊んでるのに、「新規事業やりなさい」と言うと、マーケティングや営業なんかもしないといけなくなるんです。プログラマーとしては、それをやりたいわけではないので、「だったら仕事するよ」となっちゃう。会社としても「新規事業」と言うと投資になるので、ちゃんとやっているかどうか管理する必要が出てきます。でも、僕はそんなことしたくない。だったら新規事業じゃなくて部活にして、投資と言わずに部費だと言えば、社員も好きなことができるし、社長としても気持ちよくお金を出せる。みんなハッピーです。
そうしたら、みんな好きなことやり始めて、結果として色んな新規事業が生まれています。
全然儲かってないのもたくさんあるんですけど、最近芽が出てきたのが「イシュラン」というサービスです。これは、乳がん患者さんが自分にあった病院を探すためのデータベースで、うちの社員が医療系のコンサルティングをしている人の思いに共感して、一緒に作り始めたんです。事業になるかどうかはわからないけれど、コツコツやればデータは貯まると、3年前ぐらいにサイトを作り、最初は愛媛県、次は東京都とデータを集め続け、半年ほど前についに全国制覇しました。以前は全くお金を稼いでないサイトだったんですけど、途中から「京都 乳がん」とか、「埼玉 乳がん」って検索するとこのサイトがトップか2番目ぐらいに出てくるようになって、価値が出てきたんですね。色んな医療系の会社からコラボしましょうとお話しがきて、今はお金儲けができるようになった。新規事業が生まれたんです。

「イシュラン」のWebサイト

「イシュラン」のWebサイト https://www.ishuran.com/

これ、最初から新規事業のつもりでやってたら、全く金にならないものを、会社のサーバーと時間を使ってやっているので、僕は途中で止めてたと思うんです。でも、「部活だから、いいか」と見ていたら、いつの間にか新規事業になっていたという逆転現象が起きたわけです。

宇田川: いい話ですね。どのくらい部活をやるかはその人の腕次第ということで、例えば、そこそこの人は週に半日や1日は部活の日というような人もいるわけですか?

倉貫: そうです。入ったばかりの人は仕事するだけで精一杯で、そんな余裕はない。でも、仕事ができるようになればなるほど、たくさん遊べるようになります。うちの会社では一番部活して遊んでるやつが一番かっこいい、と見なされるので、みんなそこを目指す。その方が健全で良いことだと思っています。

宇田川: 単に中心に、みんな同じようなことをやる方に向かっていくのではなくて、身につけたスキルを展開する方向は色々あるわけですね。

倉貫: そういう感じですね。プログラミングで何かやるということと、会社の価値観は共通だけど、そこから出てくるプロダクトは、それぞれ好きなことをやっています。

雑談やアイデアができるのはオフィスにいるからではなく心理的安全な関係ができているから

宇田川: 仕事をする場所は、自宅が多いですか? コワーキングスペースなんかでも?

倉貫: 自宅がほとんどですね。コワーキングスペースを使っているメンバーも、結局はめんどうになって自宅でやるようになったり。「通勤時間ゼロ」のラクさには勝てないですね。

宇田川: コワーキングスペースでは人とのつながりや情報収集の機会にもなっていいという話も聞きますが。

倉貫: チームでなくひとりでリモートワークをしている人は、コワーキングスペースなら人とのつながりができていい、というのはあるでしょうね。僕らはいつもミーティングも雑談も、飲み会もオンライン上でやったりして、コワーキングスペースに行かなくても仲間とのつながりが持てているんですよね。

宇田川: そういうことなんですね。アメリカのヤフーがダメになった理由が在宅勤務を推奨したからだとか、グーグルは在宅勤務を認めないで社内にミーティングスペースをいっぱい作っている、みたいな話ってよくありますよね。なんで在宅勤務がダメかと言うと、ちょっと廊下ですれ違った時に「今何やってんの?」みたいな雑談があることがイノベーションにつながっているからだ、というような。

倉貫義人ソニックガーデン代表

倉貫: でも、グーグルやヤフーが先進的だっていうのは幻だと思うんです。僕らからすると、グーグルとかフェイスブックでさえリモートワークをやっていない、雑談とかイノベーションの種を偶発的なところに頼る時点で遅れてるな、と(笑)
もっと科学的にできるのに、なんでそこだけ運命みたいなものを信じているのか。部活みたいな制度を作ったらみんなやるし、雑談だって、僕らはリモートでできるツールを作ってやっているのに。

宇田川: そうですね。

倉貫: 廊下ですれ違って話ができる関係を作るには、その人たちが「心理的安全性」の高い関係が作れているが圧倒的に大事だと思うんです。みんなそこを勘違いしちゃうんですね。オフィスにいれば、心理的安全な関係が作れると思っている。そうではなく、イノベーションが生まれる背景として、メンバー間の心理的安全性の高低と、お互いの物理的な距離の有無との、4象限で分けて考えましょうと。オフィスにいて心理的安全が保たれてる関係だったら、もちろんイノベーションは起きやすいかもしれない。でも、オフィスにいても心理的安全が保たれてない関係だとしたら、結局ギスギスしてコミュニケーションが生まれないんだから意味がない。「こいつには、こういうことを喋っても大丈夫だな」と思える関係を作ることの方がよっぽど大事で、それがオフィスに行けば自然とできるなんて、そんなことないでしょ、と思うんです。
僕らは「離れていても心理的安全が保たれてれば、実はイノベーションは起きるんじゃないの?」っていう発想なんですね。同じオフィスにいることよりも、合宿でお互いの家族を知り合うとか、日記で困っていることを共有するとか、共通の趣味でよく話をしておくとかの方が、よっぽど役にたっていると思います。

宇田川: 雑談ができるような関係性、これをどうやって作るか、リモートワークをするならリモートチームになるような関係性をどう作るか、そこに頭を使った方がいいんだと、そういうことですよね。全く同感です。

一番自由でいられるのが大人。ルールはなるべくつくらない

宇田川: お話を聴いていると、「大人像」みたいなものが大分違うのかな、という感じがします。就職活動をする大学生なんかが「こうならなきゃいけない」と思っているような大人像って、自分の思ってることは人に言わない、辛くても耐える、弱音を吐かない――、そういうイメージだと思うんです。でもそうなれないから結構深く傷ついていく、みたいな……。でも、御社は全然違うんじゃないですか?

倉貫: 全然違いますね。

宇田川: チートはするべきで、困ったらちゃんと言うべきだし……、

倉貫: やりたいことやればいいし。

宇田川: 全く逆で、新しい像だと思うんですよね。ただ、本の中ですごく重要だと書かれている「セルフマネジメント」という言葉は、さっきみたいな文脈だと旧来の大人像に通じるものにも取れるような気がして。多分、倉貫さんが仰りたいことは全然違うんじゃないかと思ったので、その辺をもう少し聞きたいですね。

倉貫: 僕らは、「最も自由な人」が一番の大人なんじゃないかと思ってます。行動をルールで縛るというのは大人じゃないので、ソニックガーデンでは、社員のことを子ども扱いしません。「大人だから、分かるよね」と自由にさせたとき、チームとしてちゃんとやっていける人が、セルフマネジメントのできる人です。一般的に、自分のことができるのがセルフマネジメントだと思われているけれど、他者との関係性もちゃんと築けてこそ、大人ですよね。
僕らの会社では、新卒で入ったメンバーはいきなりリモートワークはできないんです。最初は毎朝ここに来て、仕事のやり方を身に着けて、だんだん自由になっていくんです。修行中のメンバーと一人前はチームが分かれているので(組織構成については「2. 人材採用・育成編」参照)、トップチームになったら下の面倒を見なくてもいいという自由も得られる。好きなことやっていいし、経費も使い放題。上に上がるほど自由になっていくのがうちの会社です。

宇田川: なるほど。

倉貫: ソニックガーデンも、組織が大きくなっていくと、どうしても「会社だからちゃんとしましょう」みたいな動きが出てくることがあるんですね。僕はそれが嫌なので、「会社っぽい感じになってきたので、もっといい加減になりましょう」みたいなことをみんなに話すこともあります。

宇田川: 会社っぽくなったというのは、どんなことだったんですか?

倉貫: 人が増えてくると、制度やルールみたいなものをちゃんと作った方がいいんじゃないか、という空気感が出てくるんですよね。でも、そういうのはクソ食らえだと思って。もっと自由にやりたいですね。それができるのは、大人だからだと思うんです。

宇田川: そもそもで考えたら、ルールとか制度がなくても大丈夫にするのが大事だということですよね。

できる人材は自分の苦手を表明できる

宇田川元一埼玉大学准教授と倉貫義人ソニックガーデン代表
宇田川: もうひとつセルフマネジメントに関して思うのは、自分が抱えている困ってることを、チームの中でちゃんと表に出せるということも重要なんじゃないでしょうか?

倉貫: それも大事なポイントですね。僕らは「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)よりザッソウ」とよく言っています。

宇田川: ザッソウ?

倉貫: 雑談と相談です。みんな、よく雑談と相談をしますよ。
もうひとつ、トップチームになる時に大事なことのひとつに、「得意と不得意をはっきりしよう」というのがあります。
「僕はこれが苦手です」と認めるのって、結構勇気がいります。言ったことで「あいつはダメなやつだ」みたいになっちゃうと困るので、やっぱり安心できる環境じゃないと、なかなかできませんよね。
でも、苦手なことをちゃんと表明すれば得意な人がやってくれるし、自分は自分の得意なことで貢献すればいいんです。サッカーでいうポジションがあって、「この人にはこれで頼れる」というものがあれば、仲間になれるんですね。
できない人を引き揚げるとかではなく、自分が得意なことを一生懸命やってたら結果としてチームワークができてる、というのがいいチームだなと思うので、トップチームに入るには、自分の得意不得意をはっきりさせることが不可欠です。

宇田川: 今の話は、さらっと言われているけれども、実は結構すごい。発想が全く逆転してるんですよね。普通の会社だったら、表向きは「できないことがあったらダメ」だと言われるじゃないですか。でも、「これはできない、ごめん」というのを表に出すことができると、逆に頼るところが分かるし、修行中の人にとっても、そういうふうしていいんだと、見えてきますよね。

倉貫: 人間、苦手なことを克服するのは無理だから、やらなくていいんじゃないかと思います。そこに時間を使うのはもったいないし、好きで得意なことやった方がいいんじゃないかと。

宇田川: そうですよね。

倉貫: ただ、僕らの会社では、プログラマーとして必要なことは全部できないといけません。サッカーで言えばドリブルしかできませんとか、リフティングしかできませんという人は、入れないです。
プロサッカー選手は多分、みんなどのポジションもできますよね。だけど、得意不得意があるので、フォワードしたりディフェンスしたりするだけ。なので、僕らが求めるプログラマーとしての水準は高いです。さらにその中で得意分野を見つけましょうという感じでやっています。

お手本がなかったから、独自の経営スタイルを自分たちで作り上げた

宇田川: 倉貫さんがマネジメントをしてきた中で、一番大きい失敗ってなんですか?

倉貫: 今はこんなふうに「社員の幸せ」なんて言っていますけど、昔は鬼軍曹みたいなマネジメントをしていた時期もあるんですよ。

宇田川: そうなんですか?

倉貫: 今の会社は、最初は社内ベンチャーとして始めたんです。その1年目は、失敗だらけでしたね。それまでプログラマーだった人間が、いきなり社内ベンチャーの責任者をやることになって、事業の作り方も、商売の仕方も何も分からない状態だったので。
社内ベンチャーなので好きに予算が使えるわけでもなくて、数字目標を与えられて、それを達成しなければと、営業メンバーを叱りつけて頑張らせる、みたいな……。頑張ったから売れるものじゃないというのは、今ならわかるんですけど、当時は社員が疲弊するぐらいまで詰めて管理しまくったり、という状況でした。

宇田川: そこから変わるきっかけがあったんですか?

倉貫: 1年やってみたものの、全然うまくいかなかったんですね。売れないし、事業の芽もでない。せっかく社内ベンチャーで一緒にやりたいって言ってくれたメンバーまで「もう嫌です」と辞めていって、このやり方うまくいかないなと思いました。
当時は、色んな企業に片っ端から電話するテレアポをやったり、何百万も払ってイベントに出展してみたり、いろいろやったけど、全然うまくいかない。そういうのって、自分がやりたくないやり方なんですよね。「俺はやりたくないことをやるために社内ベンチャーなんか始めたのかな」って思うと、ちょっと違うなと。それで一旦諦めて、もう目標達成しなくてもいいか、と半ばやけっぱちで、苦手な営業をやめて、自分たちが得意なことだけをすることにしたんです。
文章書いたりするのは得意だし、自分たちが持っているノウハウもあるので、それをオープンにしていこうと。それでなんでもかんでもインターネットで公開していったら、そのプロダクトに関しての専門家みたいなポジションが勝手に得られて、そこからお問い合わせをいただくようになりました。営業をやめて、マーケティングに移行したんですね。
営業活動を辞めて、嫌なお客さんのところに行って嫌なことしてもダメだなと思って、こちらがなんとか助けてあげたいと思うお客さんとだけお付き合いするようになったんです。そうすると、最初はお金にならなくても、長い時間かけてお手伝いしているうちに、最終的には大量発注をいただいたりして、商売の基本が分かりました。
数字から入っちゃうと、売上をあげることが事業って思いがちなんですけど、まずは相手の役に立つことをしたら、結果としてお金がもらえるんですよね。そういう当たり前のことに気づいたんです。

宇田川: もともと鬼軍曹だった人が、変われたのって、どうしてなんですかね? 売れないとか人が辞めていくというのは、人のせいにできるじゃないですか。自分が失敗したと認めるのって、とても大変だと思うんですけど。

倉貫: ヒントがなかったのがよかったのかな、と思います。社内ベンチャーの時代は、新規事業だから会社の誰もやったことないことをやろうとしてたんですね。だから相談できる相手がいなかった。もし最初から独立して会社を作ったのであれば、先輩経営者みたいな人たちと付き合いがあったりしたのかもしれないですけど、そういうのがなくて自分たちで考えたやり方でやったから、世の中の一般的な会社と全然違う会社になったんですね。
それと、今振り返ると分かるんですけど、僕も副社長もプログラマーだったので、ロジックを考えるプログラマー的発想がとても役に立っています。経営って結局ロジックなんですね。ロジックの上に人情とか感情は必要なんですけど、筋が通ってないところに情だけ通してもうまくいかない。
例えば「納品のない受託開発」というビジネスモデルを思いついたとします。顧問型でやれば、お客さんもエンジニアもハッピーになれそうだと。ただ、このやり方をすると何が得られないのかというと、会社は急成長できないんですね。「大きな案件が取れたから、今年は一人頭何千万のボーナスを出せるよ」、みたいなことは起きないんです。このやり方ではお金持ちになれないんだけど、合理的に判断すれば、お客さんハッピーだし、社員もハッピーなんだから、いいんじゃないの?と。だから、お金持ちになるのを諦めました。普通の人は多分諦められないと思うんですけど、僕らプログラマーなので、筋が通った、よしこれは捨てようと決められたんですね。合理的なら迷わないので、うちは結構、何かをやめることが多いんです。

宇田川: 逆に、やめた方が合理的なものを抱えたままでいるのが、気持ち悪いんじゃないですか?

倉貫: そうなんです。筋が通ってないことをやるのが気持ち悪い。
いまの経営の原点は、世の中の一般的なものを参考にしなかったというのと、ロジカルな発想でやってきたということが原点ですね。

宇田川: なるほど。よくわかります。

今の経営スタイルの原点はコミュニティマネジメントの経験にある

倉貫義人ソニックガーデン代表

倉貫: もうひとつ遡ると、僕はもともと会社の外で、勉強会とかコミュニティをやっていたんですね。日本でアジャイル開発を広めるっていう活動をずっとやっていてました。ある時、2000人ぐらいいる団体の代表をさせてもらったんです。イベントを開催したりするんですけど、みんなボランティアだし、それぞれ一家言持っているような、こだわりのあるめんどくさい人たちばかりで、飴と鞭でコントロールできないんですね。「この人たちにうまく動いてもらってイベントを成功させるには、どうすればいいんだろう」みたいなことをすごく悩んだんです。
結局そこでやってたのは、今の会社でやっていることと同じで、内発的動機で本人たちがやりたいことをやってもらうということです。ビジョンだけ伝えて、できる範囲でやってもらう。できなくても別にいいし、やってる本人たちが楽しいのが一番いいね、というマネジメントのしかたです。
コミュニティのマネジメントと、会社のマネジメントを、最初は別物だと思っていました。だから、社内ベンチャーは会社で覚えたマネジメント方法でやらなきゃいけないと思ったわけですが、そのやり方で失敗した。だから独立した会社にするときは、もう一つのやり方でやってみようと決めました。だから、今はコミュニティのマネジメントをやってるようなものなんです。実は会社もそのやり方でよかったんだな、あのときの経験が活きてるなって思います。

宇田川: ボランタリーな力をどう活かすかということですね。

倉貫: そうです。お給料を払っているかどうかという違いがあるだけで、コミュニティにビジネスモデルがくっついたのが今の会社ですよね。
これからはナレッジワーク、つまり頭を使ってする仕事がとても増えてくると思っています。ルーチンワークと比べて再現性のない仕事、難しい問題解決やクリエイティブなことをするのがナレッジワークだとすると、そこで力を持っているのは知識や経験を持っている人なんですね。昔はお金を持っている人が偉かった。資本を持っている人が工場を持ち、持ってない人が工場で労働力を提供するという関係で、労働者は弱い立場だったわけですけど、ナレッジワーカーの時代は、お金持ってる人よりもスキル持ってる人の方が偉いんです。
圧倒的に力関係が変わってきているので、ヒエラルキーで管理するだとか、お金を払ってるんだから働けという飴と鞭の働かせ方ってナンセンスでしかない。僕らの会社にヒエラルキーが向かないというのは、それもあるんじゃないですか。

宇田川: ドラッカーがまさにそういうことを書いていたのを思い出しました。今の話は、倉貫さんが自分でお考えになったんですか?

倉貫: はい。あんまり本を読まないので(笑)

宇田川: すごい! 要は、資本を持ってない人が支配されるという関係から、「あなたはお金を持ってる。私は知識を持ってる」という対等な関係に変わる、だから組織がそれに合ったものに変わるのは、必然だということですよね。

倉貫: お金よりもスキルだとか経験の方が価値があるので、一旦お金を忘れた方がいいんじゃないの? ということで、うちの会社には「お金のことを気にしない人が本当のお金持ちだ」という格言があります。年収何千万もらってもまだ足りなくて、一生懸命働かなきゃいけないと思っている人よりも、それなりにもらって十分生活ができていて、それ以上お金を気にしないでいられるんだったら、そっちの方が豊かじゃないかと。

宇田川元一埼玉大学准教授と倉貫義人ソニックガーデン代表

宇田川: これまた学者の悪い癖で、今の話を聞くと、ソースタイン・ヴェブレンという人の『有閑階級の理論』を思い出します。その本では、「本当に豊かな存在とはどういう存在か」というのを考えていて、贅沢をしたがるというのはお金に縛られている、本当に豊かな人は何をするかというと何もしない、要するに執着しないという話が書かれています。今それを言われた気分でゾッとしました(笑)

倉貫: 僕、全然そういうの知らないですけど、自分の知らない文献や知識とリンクしていく感覚、非常に面白いです(笑)

宇田川: 僕も、とめどなく色々と聞いてしまいましたが、今日は非常に面白かったです。ありがとうございました。

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文・撮影/やつづか えり

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