日本企業の社員を新興国の社会的企業やNGOに派遣する「留職」プログラムを展開するNPO法人クロスフィールズが、2016年11月9日、「社外での挑戦がなぜ、組織の未来に必要なのか」と題するセミナーを開催した。
経営学者の入山章栄氏による基調講演と、企業の社員に対して社外での経験・学びの場をそれぞれに提供しているJICA、ローンディール、クロスフィールズの面々によるパネルディスカッションの内容を紹介する。
感度の高い会社は「越境人材」に注目し始めている

早稲田大学ビジネススクール准教授 入山章栄氏
基調講演を行った入山章栄氏(早稲田大学ビジネススクール 准教授)は、「企業の垣根を超えてどんどん人が動く」ということが、ここ3年で急速に起きていると語る。特に感度の高い経営者や起業家、ビジネスパーソン達がこのことに注目しており、その象徴的な動きが、ロート製薬による社員の副業解禁や、ヤフーによる週休3日制(勤務時間を減らすことで社外での活動を増やすことを推奨する)の検討開始、あるいは社会人が本業以外で社会的活動をする場をつくるNPO法人「二枚目の名刺」への注目の高まりだ。
入山氏自身、「人材が『越境』することが、これからの日本にとって決定的に重要だ」と考える。その理由を、氏の専門である経営学的な観点から解説した。
社外で挑戦する社員が、組織にイノベーションをもたらす
感度の高い会社は、なぜ社員を社外で挑戦させようとするのか、その答えは「イノベーションのため」だ。
今の不確実性の高いビジネスの世界では、常に新しいことに取り組んでいく必要があり、多くの会社が大小関わらず、イノベーションの種を探している。そのイノベーションに必要なものは何か。入山氏は、イノベーション研究における最も基本的な考え方のひとつとして、ジョセフ・シュンペーターによるイノベーションの定義、「新結合」を挙げた。
「新結合」とは、別々に存在している既存の知が新しく組み合わさることだ。組織の中で新しいものが生まれなくなっているとしたら、もうその中で考えうる組み合わせは出尽くしてしまっているということだろうと、入山氏は言う。
「同じ業界に何十年もいると、いろんな組み合わせを既に試してしまっている。同業他社もだいたい似たような知に囲まれていて、組み合わせは終わっているわけです。
断言すると、もうそういうところからイノベーションは出てこないんです」(入山氏)
自分たちの会社や業界の中で持っているモノ同士の組み合わせでは新たなものが生まれないとしたら、普段いる場所を離れて新しい組み合わせの相手を探し求めていかなければならない。それを経営学では「Exploration」と言い、入山氏は「知の探索」という日本語をあてている。逆に、既存の知を深めていくことを「Exploitation(知の深化)」という。
知の「探索」と「深化」、この両方がバランスよくできる組織、ビジネスパーソンがイノベーションを起こせる可能性が高い。しかし、多くの企業は、どうしても「知の深化」の方に偏ってしまいがちだ。だから「知の探索」を促すしかけとして、「社員を社外に出す」ということが注目されているのだ。
「知は我々ひとりひとりが持っているものです。そのひとりひとりが境界を超え、今までつながっていなかった、ちょっと意外にも思えるような新しい人達とどんどんつながり、交流することで、新しい組み合わせを見つけること。これこそが、イノベーションに決定的に重要なことなのです」(入山氏)
知の探索の場を提供するJICA、ローンディール、クロスフィールズ
会の後半は、入山氏の進行の元、企業の社員に知の探索の場を提供している3つの団体、会社によるパネルディスカッションが行われた。
パネリストは、独立行政法人国際協力機構(JICA)堀内好夫氏、株式会社ローンディール 代表取締役 原田未来氏、NPO法人クロスフィールズ 代表理事 小沼大地氏だ。

独立行政法人国際協力機構(JICA)堀内好夫氏
JICAは、「青年海外協力隊」や「シニア海外ボランティア」による国際協力事業が非常に有名だ。これらは個人が応募して参加するものだが、2012年からは、社員を海外ボランティアに派遣したい民間企業に対し、企業のニーズに合わせた派遣プロジェクトをコーディネートする「民間連携ボランティア」という事業を始めている。これまでに約100社と合意書を締結し、50人ほどを派遣しているそうだ。

株式会社ローンディール 代表取締役 原田未来氏
ローンディールは、以前にも本サイトで紹介した(「レンタル移籍」「ベンチャー留学」で企業と個人が得られるメリットとは?)。大企業とベンチャー企業との間で社員を「レンタル移籍」させ、元の会社では得難い経験を積む機会を作っている。

NPO法人クロスフィールズ 代表理事 小沼大地氏
クロスフィールズは、国際協力と企業の人材育成を目的に、企業の社員を途上国のNGOや企業に「留学」ならぬ「留職」させるプログラムを提供している。2011年の創業以来、5年間で約30社から100人以上の社員を派遣してきた。
越境人材の必要性に気づいている組織・気づいていない組織の違い
基調講演で入山氏は、「感度の高い」経営者やビジネスパーソンは越境人材の重要性に気づいていると語っていた。正にそういった企業の担当者と接しているパネラーたちは、どんな期待を感じているのだろうか?
ディスカッションの中で挙がったのは、「修羅場体験」、「失敗経験」、「マインドセットの変化」、「強い原体験」といったキーワードだ。
まず、企業が期待していることのひとつは、組織内では得られない経験による人材の成長だろう。例えばJICAの民間連携ボランティアの場合、近い将来進出を考えている国での経験を積ませたり、ネットワーク作りをさせたいという意図で社員を派遣する会社がある。ローンディールの「レンタル移籍」では、大企業の社員がベンチャー企業に行くことで、業務が細分化された大企業では得られない幅広い経験や、即断即決のスピーディな経営スタイルを実地で学ぶ。
もうひとつ、社外で経験を積むことで得られるのは「意識変革」だ。まず、異なる環境に飛び込むことで、大変な苦労や失敗を経て成果を出す経験をする。また、ベンチャー企業や途上国での活動は、普段の業務より最終ユーザーとの距離が近く、現場の文化や顧客の反応をダイレクトに知ることになる。そういったことが、失敗を恐れず挑戦するマインドや、新規事業への熱意を生み出す強烈な原体験をもたらしてくれる。つまり、会社員でいながら、起業家的な人材への変貌が期待できるということだ。
一方、社員に社外で挑戦させることの価値をまだ理解できない会社も多い。「民間連携ボランティア」についてJICAの堀内氏は、 “ボランティア“という名称も、経営者に理解されにくい要因かもしれないと語る。自社の仕事をまわすのに決して余裕のあるわけではない企業で、「社員を無償のボランティアに出している場合か」という風に捉えられてしまうというわけだ(「民間連携ボランティア」は、現地生活費や渡航費などをJICA側がカバーするということで、MBAに社費留学させるよりもかなりお得なケースもありそうなのだが……)。ローンディールの原田氏も、30〜40代の中堅メンバーが「レンタル移籍」に魅力を感じて会社に導入を提案しても、人の成長という成果が数値化しづらいために決裁がおりないケースによく直面するという。
実例で見る社外での挑戦の成果
クロスフィールズの小沼氏は、「留職プログラム」に関して「それは金になるの?」と聞かれたら、「なりません」と答えているそうだ。
「すぐに実利をもたらすようなプログラムはありません。でも、そういうものを生み出せる人が作られ、その人がいつの日か結果を出すという、かなりロングタームで捉えてください、という風にお話しています」(小沼氏)
小沼氏は、医薬品メーカーのMRの女性がインドネシアの小さなクリニックに留職し、薬局の立ち上げに関わった事例を挙げた。MRの仕事は医者が相手であるため、最終ユーザーである患者と話す機会がほとんどない。だが、薬局の立ち上げにおいては直接患者にヒアリングし、現地の関係者ともたくさんコミュニケーションを取りながら結果を出した。その体験を経て戻ってきた彼女は、「自ら変化を生み出す人になりたい」と宣言したという。所属していたメーカーはそれまでもイノベーションの重要性は認識していたが、そのために必要な姿勢として社員に送っていたのは「変化を受け入れなさい」というメッセージだった。だが彼女は、受け身ではダメだと考えるようになったというのだ。
JICAの堀内氏は、ベトナムに派遣された外食産業の社員の事例を紹介した。その社員はボランティアから戻った今、会社のベトナム進出に伴い、現地責任者として活躍している。彼にとって、ボランティアでの一番の収穫は、半年近く毎日下痢に悩まされるという修羅場の経験だったという。現地の人達がどういう環境で育っているか身をもって知ることができ、それがその地でサービスを提供するということの原動力になっているというのだ。
ローンディールの原田氏は、当日会場にも来ていたテクノライブ取締役の後藤幸起氏を紹介した。後藤氏は教育分野のベンチャー企業LOUPEに、6ヶ月の予定で週3日のレンタル移籍中だ。テクノライブも比較的若い会社(創業7年)ではあるものの、社員数150名程度という規模。そこからフルタイムのメンバーは2人というLOUPEに行って、やはり大きなギャップを感じているという。
「LOUPEはこれから成長のフェーズに入っていこうというタイミングなので、意思決定や行動のスピード感が全然違います。それに、テクノライブでは営業も事務方もしっかりいますが、LOUPEはふたりしかいないので、営業の電話やメールもするし、戦略も立てないといけない。どう行動するか、全部自分で考えなければいけないのです」(後藤氏)
今まさに修羅場体験の渦中にいる後藤氏だが、「行って良かった」と充実した表情だった。
社外で成長した社員を活かせる組織とは
イノベーションを興すためにも、社員の成長のためにも、社外での挑戦が非常に重要であることはよく分かった。だが、会社は果たして、戻ってきた社員をうまく受け入れられるのか? 外の世界を見てきた社員は辞めてしまうのではないか? というのは多くの人が感じる懸念だろう。
だが小沼氏によれば、これまで「留職プログラム」に100人派遣して、辞めたのは5人程度。「30代の平均的な離職率よりも低い水準で、むしろ会社に対するロイヤリティは高まる。」と語る。これは、派遣したら放ったらかしではなく、その間にもコミュニケーションを取り続けていることに理由があるようだ。留職中の派遣者とオンライン会議で連絡を取り、日々の経験が戻ってからどう活かせるかを常に問いかけているのだ。
ローンディールでもレンタル移籍中にメンタリングを行うほか、原田氏は人選もポイントだと指摘した。レンタルする社員を選考する際に、「今の会社に対して良さを感じる点」、「将来のキャリアをどう描いているか」などを問い、組織へのロイヤリティを確認するのだという。
JICAの堀内氏は、上司によるフォローを重視している。ボランティアから戻った社員とその上司に1年後にインタビューし、1年での気持ちの変化をフォローしたり、上司から、その社員がどのように変化したかフィードバックをする機会を作っているそうだ。
入山氏は「一番大事なのはビジョンだ」と語る。ひとつは会社にとってのビジョンで、ぶれない方針があるからこそ、知の探索のために社員を外に送り出すことができる。また、送り出される社員の方にも「自分はどういう人間で、なんでこの会社で働いていて、何が楽しくて、何のために生きているのか」といった個人のビジョンがないと、外での修羅場を乗り越えることができないのではないかということだ。
会の締めくくりに、主催者であるクロスフィールズの小沼氏は、次にように語った。
「今、越境体験を始めている人も多いと思います。それが一過性のブームに終わるかどうかは、その人達が組織の中で孤立してしまうのか、あるいは仲間とともにイノベーションを起こしていけるのかにかかっています。皆さんにはぜひ越境して欲しいですし、越境する方々を応援して欲しいと思います。このムーブメントを一過性のものに終わらせず、骨太な未来の社会を創っていくための一助にできればと思いますので、皆さん、よろしくお願いします」
働き方改革のひとつとして、政府は副業・兼業を推進する方針だと報じられている。そんな動きも追い風になり、社員を会社の中に囲い込まず、外の世界から様々なことを吸収させようとする会社は、今後増えていくだろう。書籍『ALLIANCE(アライアンス)』に描かれたような、良い関係を築ける企業と個人が増えていくことを期待したい。
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参考:
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文・撮影/やつづか えり

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