リクルートホールディングスが、今年1月から全ての従業員を対象に日数の上限なしのリモートワークを本格導入し、大きなニュースになりました(参考:同社によるプレスリリース)。それに先駆け2015年から全社員を対象とするリモートワーク制度を導入していたのが、リクルートマーケティングパートナーズです。
同社で働き方変革プロジェクトを主導した岡理恵子さんによる講演を、6月14日の「Google Atmosphere Tokyo 2016」にて聴いてきました。
プロジェクトに全社員を巻き込む方法や、新しい制度を浸透させていくための方法について、とても良いヒントが得られましたので、そのエッセンスをお伝えします。
働き方変革プロジェクトの背景と3つの取組み
リクルートマーケティングパートナーズで働き方変革プロジェクトが動き出したのは2014年から。当初の目標は「リモートワークの導入」でしたが、途中から「生産性の向上」というより高次の目標をもったプロジェクトになったそうです。
その結果、リモートワークの導入の他に、フリーアドレス&サテライトオフィス導入、既存業務の見直しという3つが実行されました。
プロジェクトの背景として岡さんは以下の3つの要因を挙げました。
- 企業として掲げる理念に照らした、自分たちの現状への疑問
同社は「日常の出来事を増やし、輝かせて、その積み重ねによって 人生そのものの”しあわせの総量”を増やしていく。 」ということをビジョンとして掲げています。しかし会社では長時間労働も多く、「自分たち自身の生活はどれだけ豊かか?」という点に疑問があったといいます。 - 営業効率化の課題
営業担当の多い会社であるため、顧客の訪問に非効率な点があることが課題だったそう。具体的には、午前中のアポであれば「直行」も可能だが、午後のアポの場合はたとえ自宅から訪問先に行く方が近くても一度会社に出社してから行く、というようなことが挙げられました。 - 新しい働き方を求める社員の増加
ワーキングマザーとエンジニアの増加により、新しい働き方が求められるようになったとのこと。後者はどういうことかというと、同社のデジタル系のサービスの拡充に伴い、より働き方が自由なIT系企業から移ってくるエンジニアが増え、そういう人たちから既存のルールに対する疑問や改善の要望が上がることが増えてきた、ということだそうです。
このようにリクルートマーケティングパートナーズの働き方変革は、一部の社員のニーズという面もありつつ、企業理念にある「ありたい姿」を実践するという点からも、全社員が関わるべきものとして実施されたのです。
それでは、この「全社員が関わる」という状況をどうやって作っていったのでしょうか?
1.ゴールやメッセージはシンプルにし、みんなに考えてもらう余地を作る
まず、ひとりひとりに目的意識をもってもらうことがとても大切だと、岡さん。でも、最初はそれがうまくいかなかったそうです。
最初は「リモートワーク導入」のためのプロジェクトという位置づけだったこともあり、「リモートワーク」はゴールに向かうための「手段」にすぎないのですが、「結局リモートワークなんでしょ」と言われてしまい、その手段に賛同できない人は動かないという状況になってしまったとのこと。手段と目的の関係をかなり細かい図で手段と目的の関係を説明しようとしていましたが、それをきちんと読み取ってもらうのは難しかったようです。
途中から「生産性向上」というシンプルな目標を掲げるようにしたところ、社員の側からも生産性を阻んでいる課題が挙がるようになり、想像以上の効果が出せたといいます。
作りこまれた道筋を示して「これに従って」と言うよりも、大きなゴールを示し、そこに至るまでの道筋をみんなで考えるような余地を残したほうが、参加意識が高まるということでしょう。
2.現場からのフィードバックに丁寧に対応する
これは1の話とつながっています。
「生産性の向上」という目的を示したことで働き方変革の重要性は理解された。すると今度は社員の方から、「それで自分達が今抱えている課題は解決するのか?」という声があがったそうです。それは例えば「会議が多すぎる」といった、より根本的な仕事の仕方の変革を要求する課題です。
これを受け、既存の業務で変えるべきこと、どうしても残さざるを得ないこととなどを各事業部単位で議論し、業務の見直しをしたそう。
働き方改革というと、働く場所や時間の制度変更、それにともなって利用するツールの導入などをプロジェクトの範囲と捉えるのが一般的ではないかと思いますが、社員からのフィードバックを真摯に受け取り、その範囲を超えて根本的な課題解に取り組む決柔軟さが素晴らしいな、と感じました。
3.全員を当事者にする体制と問い
岡さんは元々人事部所属でしたが、働き方変革のプロジェクトはボード(取締役会)直下におかれ、変えなくてはいけない業務に関係する各部門からプロジェクトメンバーが参加するという形に。「最初は少ない人数で初め、必要な人をどんどん巻き込んでいった」と岡さん。その際に、トップの方にプロジェクトの必要性を言い続けてもらったことはとても助かったそう。2で上げたボトムアップの動きと共に、トップダウンも非常に重要ということです。
また、「働き方の変革」というとどうしても「女性のため」、「介護のため」と捉え、自分には関係ないという声が出てきがちです。「いま不便を感じていない人に、どうやって“我が事化”してもらうか」という課題に対し、一見課題を抱えていないような人たちでも「本当に生産性高い会議しかしていないのか?」、「本当に生産性高く資料を作れているのか?」といった形で、生産性に関する課題をとにかく洗い出していったそうです。「自分には関係ない」と言っていられなくなるような「問い」を突きつけるというのは、うまいやり方だな、と思いました。
4.社内でも社外でもできるだけ同じように働ける環境を整備する
同社では、リモートワークの導入により会社の外で働くことができるようにするとともに、社内の執務スペースも大きくリニューアルしました。具体的には、フリーアドレス制(誰がどこに座るという固定の席をなくし、社内のどこで仕事をしても良いという制度)を導入し、フロアの真ん中は打ち合わせをしたり軽食を食べたりできるカフェになっています。
フリーアドレス制の効果のひとつは、固定席をなくすことによるコスト削減(これにより、この後に出てくるリモートワークのためのIT環境の整備の費用に充てることができた)ですが、それ以上に面白い効果が、「リモートワークに対する心理的負担が下がる」ということです。完全にフリーアドレスになると、お互い社内にいるのかリモートで仕事しているのかも分からないため、みんなチャットなどのツールを使ってやり取りをするようになる、つまり社内で仕事している人とリモートで仕事している人との差がなくなるということなのです。
在宅勤務制度がうまくいかないケースのひとつとして、社内にいる人たちだけでやり取りが進んでしまい、在宅勤務者が蚊帳の外になってしまうというものがありますので、「両者の差をなくすしくみ」というのは非常に大事です。
同社では、人と人とのコミュニケーション以外に設備の面でも「差をなくす」考慮がされていました。例えば、顧客訪問のときに資料を紙に印刷して持っていかなければいけない、といったケースに対応するために、コンビニにデータを持って行ってプリントアウトできる「ネットプリント」のサービスを新たに契約したそうです。
5.新しいやり方やルールを習得するハードルを下げる工夫
最後に「さすがリクルートさん!」と感心したのが、社員に学んでもらう必要のあるノウハウやルールを伝える方法です。
新制度を導入するとき、多くの会社では説明会を開いたり、ガイドブックを作ってイントラネットや印刷物で配布したりするでしょう。リクルートマーケティングパートナーズでも、超過勤務や個人情報漏洩を防ぐためのルールをまとめた「リモートワークの手引」を作成したそうですが、その上で「冊子を読まない人はいるだろう」という前提にたって、さらに最低限のマナーとルールをまとめた簡易版の冊子を作っています。
その「RMPの働くルール・マナー 虎の巻20」という冊子は面白い読み物風のデザインで、部外者の私でも手に取って見たくなるようなものですが、中に登場するキャラクターは社長や役員の方がモデルになっていたりして、社員であればより興味を引く工夫がされているのです。
「何これ〜!? なんて言いながら、楽しんで読んでもらえれば」と岡さん。「ルールは押し付けになってしまった瞬間に、破ってもいいという雰囲気になってしまうもの。そうではなく、これは守るものという雰囲気を作っていくことが大事」ともおっしゃっていました。こういった管理系の業務は、ともすれば無味乾燥になりがちです。でも本来は、利用者である社員の心を捉えるマーケティングの要素もあり、とてもクリエイティブな仕事であるということに気付かされます。
働き方改革のプロセスに注目していきたい
以上、岡さんの講演からポイントだと感じられた5点をご紹介しました。
トヨタを始め、大企業が在宅勤務制度を導入する動きが活発化しており、この動きは大小様々な企業に波及していくと予想されます。うまく進めば、柔軟な働き方ができる人が増えるチャンスですが、導入方法がまずければ「やっぱり在宅勤務は無理」と揺り戻しが起きる可能性も。今回岡さんが発表されたように、先行企業の制度づくりと導入のプロセスがもっとシェアされ、後に続く企業の成功率が上がるといいですよね。本サイトでも、こういった情報を伝えていきたいと思います。
☆☆
文/やつづか えり

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