弁護士など専門家のコンサルティングやマーケティング支援を行う株式会社スタイル・エッジの本社オフィス(東京・新宿区)には、社員の子どもたちのための保育ルーム「わ~ママ Style Kids」がある。
都会では待機児童の問題が大きくクローズアップされているが、社内託児所はその問題解決につながるのか? 同社の横川泰之副社長と、当初から保育ルームを利用している社員の稲葉千枝さん、保育士の守屋香織さんにお話を聞いた。

保育ルームの様子
事務所の一角にガラス張りの保育ルーム
保育ルームは、社員のデスクが並ぶ執務エリアの一角にある。ガラス張りの部屋だが、内側に貼られた高さ120センチほどの安全マットが目隠しになり、近くに行って中を覗かない限り子どもの姿は見えない。防音ガラスなので、子どもたちの声もほとんど聞こえてこない。
これは、保育ルームを作る際に、先輩ママ社員、利用予定のママ社員、妊娠中の社員達が集まって話し合った結果が反映したものだ。稲葉さんによれば、そのときに特に検討したことは2点あった。
「子どもを預ける側でない社員のほうが人数は多いので、そういった方たちのストレスにならないよう、いかに仕事の空間に保育ルームを共存させられるかということ、そして、安全性に妥協しないということを意識して構想を練っていきました」
防音ガラスの内側に安全マットを取り付けているのは、子どもの安全のためだけではなく、子どもが走り回っている姿が仕事をしている人の目に入らないように、という配慮なのだ。とは言え、子どもの存在が全く感じられないようにしているわけではない。子どもたちはトイレやお散歩でちょくちょく出入りするし、テラスや社員の休憩エリアで遊ぶこともある。社員たちはすっかり慣れているようで、子どもたちが騒いだり泣いたりしても特に困っている様子はない。逆に、自分の子どもを預けていなくても、仕事に疲れたら子ども達と遊んで気分転換をする社員もいるそうだ。
保育ルームの中にはデスクが置かれていて、子どものすぐそばで仕事ができるのも、オフィス内にある「わ~ママ Style Kids」ならでは。稲葉さんは、子どもがいるとき、電話をかけたりチームのメンバーと一緒に進める業務をするとき以外は、保育ルームの中で仕事をしているそう。同じ空間にいると、子どもはママと遊びたがったりしないのだろうか? そう思って見ていたところ、しっかり相手をしてくれる保育士さんがいるからか、ママの足元で遊んだりはするものの、仕事を中断させられることはあまりないようだ。
事務アシスタント兼任で保育士を正社員として採用
ここで子どもたちを見ているのは、「保育士兼事務アシスタント」の社員として採用された保育士の守屋さんだ。以前は一般的な保育園に勤務していたが、「体力的に厳しい」と感じて退職。一般企業も視野に入れて再就職を考えていた時に今の仕事を見つけた。「ここなら保育士の仕事も続けられて、事務の仕事も覚えられていいな、と感じました」と守屋さん。
現在、コンスタントに保育ルームを利用しているのは4〜5名だが、それぞれの利用日数は週5日未満だ。例えば稲葉さんの場合、4月からは通常は認可保育園に子どもを入れられたので、土日や祝日に仕事があるときや、子どもは元気だが微熱があって保育園では預かってもらえないときに社内の保育ルームを利用する。他の社員では、週4日は子連れで出勤し、残りの1日は子どもを祖父母に預けてくる、といったケースもある。
そんなわけで、週に1度はひとりも子どもが来ない日があり、守屋さんはその時にデータ集計などの事務作業をする。これまで経験のなかったExcelの使い方を教えてもらい、できるようになったそうだ。
ひとりしかいないので、休むと代わりがいないのは気になる点だ。だが、一度風邪で休んだ時は臨時の保育士を雇ってもらい、土日や祝日に勤務した時は子どもが来ない日に代休を取れるため、今のところは特に困ることはないそう。他の社員で保育士資格を持っている方もいるので、その方に臨時で対応してもらうこともできるそうだ。保育園に勤務しているときはシフト制で勤務時間がまちまちだったが、今は毎日9時から18時半頃と勤務時間が固定されているので、むしろ体力的に楽。少人数の子どもとじっくり向き合ってゆったりと過ごせるのも、今の環境の良いところだと守屋さんは言う。
社内託児所を作ろうとしたとき、設備にかかるコストの他に、「保育士を雇う」ということをネックに感じる企業は多いと思われる。特に毎年増減する子どもの人数と保育士の人数のバランスを取るのが難しい面があるが、保育士以外の仕事もしてもらうことで柔軟性を持たせるアイデアは、参考になるのではないだろうか。
まずはマンションの一室を借りて社内託児を試行

株式会社スタイル・エッジ 取締役 副社長の横川泰之さん
横川副社長に、保育ルームを始めた経緯やねらいを聞いた。
直接のきっかけになったのは、稲葉さんともう一人の女性社員の出産だった。ほぼ同時期に出産したふたりは、共に仕事への意欲が高く早い復帰を希望していたが、通常の保育園には入れられず困っていた。そこで、会社で近くのワンルームマンションを1室借り、ふたりの子どもをそこで保育することに。ちょうどふたりのうちのひとりが保育士の資格を持っていたため、彼女が子どもたちの面倒を見るという形で、社内託児のトライアルができたのだ。その後、事務所内に専用スペースを作り、新たに保育士を雇うことで、社内託児の本格運用が始まった。
会社で出産・育児休暇を取ったのはこのふたりが初めてのケースだったが、素早く柔軟な対応が取れたのは、会社として課題意識を持っていたからだろう。横川さんによれば、同社には20代から30代の女性社員が多く、今後小さな子どもを育てながら仕事をする社員が増えてくることは分かっていた。いずれは何かしなければいけないだろうと考えていたのだという。
女性の入社希望者が増加し、社内の雰囲気も良く
横川さんに、保育ルームを作ったことによる効果を伺った。
そのひとつは、採用への好影響だ。この施策が「子育てしながら働くことに理解のある会社」というメッセージになり、今は子どもがいない、あるいはすでに子どもが小学生以上という女性も含め、女性からの応募が増えている。
また、社内の空気感が明らかに良くなっていると横川さん。子どものいない社員たちも、子どもの存在を好意的に受け止めているようだ。
「子どもが『ギャー』と泣いていたら、フフフと笑いが起きたり、歩き回っていたらちょっかいを出したりという感じで、みんなほんわかしていますね。『この人、めっちゃ優しいじゃん』とか、普段の仕事では分からなかった社員の顔が見えたりもしますよ」
これは、保育ルームを作ることなどで「子育て中の社員を支援する」という会社の姿勢を明確にしたことが大きいようだ。
「ママ社員が子どもの病気などで急に休まなければいけないことなどは、どうしてもありますよね。職場によっては、それで殺伐としてしまうということもあると思います。逆に、周りが協力して対応し、ママさんの側もそれに感謝するという状態になれば、より結束力が高まると思っています。我々の会社は、後者のような空気感を作れているのではないかと思います。
もちろん、社員が100人もいれば不満を持つ者はゼロではないかもしれません。でも、会社としては『これをやっていくんだ』という意思を示し、その雰囲気作りが重要だと考えています。あえてそういうメッセージを発信するということはないですが、僕ら経営陣も小さい子どもがいて、会社に来ている子たちのこともかわいがりますし、そういう姿を見せることも一つの発信していく方法だと思っています」
今後は、このプロジェクトを成功モデルとして、クライアントや他の企業にもコンサルティングを行っていくという。無料見学会も随時実施しており、実際、複数社からの相談や見学を受け入れている。仕事と育児の両立の困難さを解決するひとつののソリューションとして広まる可能性もありそうだ。
子育てに理解のあるこの会社でやっていきたい

営業部チーフの稲葉千枝さん
稲葉さんに伺ったところ、出産当初は社内で保育するという考えはなかったため、預け先を探しまわったそうだ。だが、やはり待機児童の多い東京では年度の途中で預けられる認可や認証の保育園は見つからなかった。無認可の保育園も探したが、空きがあるところは一見して人手不足だと感じられるなど、安心して預けられる環境ではなかったという。だから、社内で保育できるということになったときは、「これで仕事にもどれるし、信頼できる人に預けられるという安心感と、両方が叶う環境ができて、とても嬉しかった」と語る。
現在、平日は認可保育園を利用している稲葉さんだが、社内の保育ルームより保育園の方が優れていると考えているわけではないという。保育園のメリットとしては、給食がある(お弁当を作らなくて良い)、人数が多く教育プログラムが確立している、園庭があっていつでも外に遊びに行けるといったことがある。でも、会社の近くには公園があるので、園庭がないことはあまり問題にならないそう。教育プログラムについては、少人数なりにどういうことをしていくかを今後考えていかなければいけない。だが、社内託児の場合、その時間中に子どもがどういう過ごし方をしているのかが見える。保育士とやり取りする連絡帳でしか昼間の様子がわからない保育園と比べ、どんな保育をしていくのか、親も一緒に考えて作っていけるのはメリットかもしれない。また、子どもも小さい時から「働くママ」の姿を見ることができるのは、教育上もとても良いことではないだろうか。
通勤の距離によっては自宅近くの保育園に通えた方がいいという人もいるだろうし、勤務日や勤務時間が少ない働き方をしている人は認可保育園に入れることが難しいことから社内託児を選んでいる人もいる、と稲葉さん。
「ベビーシッターなども含め、いろいろな保育の形を安全に利用できるようになり、世間的にも『人に預けながら働く』ということが受け入れられるようになればいいですね」と言う稲葉さんは、子どもがいても「仕事をがんばりたい」という姿勢が認められることの大切さを強調した。
「この会社では、経営陣も含めて女性の育児・家事と仕事の両立の大変さを理解してくれている方が多いのがありがたいです。それに、『仕事を大事にしたい』という今までのスタンスを見てくれている。だから、これからもここでやっていきたいと思っています」
社員に期待をかけ、制約があってもなんとか乗り越えようとする姿勢をトップがもっていると、意欲のある社員はますますがんばることができる、そんなことを感じさせられたお話だった。
☆☆
取材・文/やつづか えり 撮影/サリー 富多

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