Skylight Games社は、英語の学習アプリ「Lyriko(リリコ)」を開発している。アメリカに暮らしながらも英語が話せず良い仕事に就くことができない移民の課題を解決する−—、そんなビジョンを描いたダン・ロイさんが2012年に創業した。その当時から現在にいたるまで、ダンさんは他の仕事と平行してSkylight Games社の仕事に取り組んでいる。彼を支えるのが、世界各国に散らばるエンジニアやデザイナー、翻訳者たち、そして2014年にダンさんと結婚し、一緒に仕事をするようになった塩谷雅子さんだ。
普段はボストンに住むおふたりが来日したタイミングで、IT系スタートアップならではの最新のチーム作りや働き方について伺った。
Profile
ダン・ロイ Dan Roy
Skylight Games(スカイライト・ゲームズ)代表。
13年間ラーニングゲームのデザインに携わり、数学、科学、歴史などのラーニングゲームを制作。
米国マサチューセッツ州出身。マサチューセッツ州立大学でコンピューターサイエンスを学び、マサチューセッツ州工科大学でメディア比較学を学ぶ。
Learning Games Network等にて、ゲームデザイナーを務める。
社会起業家として、ゲームを通して学びに没頭することを支援している。
塩谷雅子 Shiotani Masako
Skylight Games(スカイライト・ゲームス)プロデューサー。音楽で英語を学ぶアプリLyrikoの制作に携わる。世界10か国以上のプログラマー、マーケター、アーティスト、翻訳者のマネジメントに奮闘中。
鳥取県出身。早稲田大学卒業後、(株)ベネッセコーポレーションにて、小学生向け教材編集や、CSR事業、海外向け新規事業等開発等を担当。
ハーバード社会起業大会スタディーツアー参加を経て、2014年から米国ボストン在住。
楽しさに埋め込まれた学びの機会を提供することを目標にしている。
クラウドソーシングサイト「Upwork」で世界中から仲間を募集
「Lyriko」の開発や販売に関わるメンバーは世界各国にちらばっており、現在は20人以上いる。その多くは、クラウドソーシングサービス「Upwork」経由で募集したフリーランサー達だ。プログラマーはルーマニア、アルメニア、スペインなど、ヨーロッパ居住者が多い。その他にデザイナーやイラストレーター、マーケター、そして英語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、インドネシア語、日本語、韓国語の翻訳者がいる(彼らは各国に向けた英語・スペイン語学習アプリの他、日本語学習アプリの開発も予定しているのだ)。
住む場所も国籍も違う人たちが、どうやってひとつのアプリの開発に携わっているのか、詳しく聞いてみた。
雅子さんによれば、採用のときは「ジョークが通じるか」を重視しているそう。英語が母国語でない人が多いので、それで英語でのコミュニケーション力に問題がないのかどうかを見ているのだ。同時に、相手の人柄も見ているのだろう。クラウドソーシングというと、日本では「単発の仕事を介した一時的な関係」というイメージが強いが、ダンさん達は一緒に働く仲間に対して長く続く関係を求めている。最初は1〜3ヶ月程度の短期間の仕事をやってみてもらい、それでうまくいきそうな相手だとわかれば、長期的なパートナーとして扱うのだそう。長い人で、すでに5年ほど一緒に仕事をしている人がいるという。
自由なフリーランサーたちのマネジメントに「恋バナ」が役に立つ
仕事中のコミュニケーションには、主にチャットツールの「Slack」とプロジェクト管理ツールの「Asana」を使用。それ以外に、必要に応じてGoogleの無料ツールなども使う。
目の前にいないだけでなく、仕事に対する考え方も違う各国のフリーランサーたちをマネジメントする雅子さんは、それなりの苦労を経験し、今ではかなりコツをつかんできたようだ。
「私はチームの『恋愛担当』なんです」と雅子さん。どういうことかというと、折にふれて恋愛の話などを聞き出すなど、みんなのプライベートの状況を把握しておくと、「彼女と上手くいってないみたいだから、仕事の進捗が遅れるかも」といったリスク管理ができるようになるというのだ。恋愛に限らず、引っ越しや親族の結婚式、あるいは他の仕事の状況が進捗に影響することは日常茶飯事だそう。
私たち日本人も、プライベートなできごとが生産性に影響することはあるが、なるべくそれを表に出すまいとする意識が強いように思う。一方、彼らのチームでは「こんなことがあったんだから、仕事が進まなかったのはしかたないよね」というのがある程度許される雰囲気のようだ。後述のEnergy Based というダンさんのワークスタイルと合わせて、働く人の人間性を尊重する姿勢が感じられるエピソードだった。
技術力よりも、学ぶ姿勢や自律性を重視して採用
メンバーの稼働時間の管理と報酬の支払いは、「Upwork」を通じて行っている。あらかじめ各メンバーの時給と稼働時間の上限を決めて登録しておき、各自その範囲内で仕事をするのだ。「何時から何時まで仕事をしてください」とか、「いつまでにこれを完了させてください」という方式ではない上、他の仕事も掛け持ちするメンバーが多いのも、アウトプットの量が上下することを見越した進捗管理が必要な要因だろう。
「Upwork」には「Team App」というアプリがあり、それを起動してボタンを「オン」にしている間、稼働時間がカウントされるしくみになっている。その間、入力した文字数やマウスのクリック回数、10分おきのパソコンのデスクトップ画面のキャプチャ画像が記録される。管理者はそれをチェックすることで、申告のあった時間にサボらず仕事をしているかを確認できるのだ。
ワーカーにとっては監視されているようで窮屈に感じられそうなしくみだが、Skylight Games社ではそれを厳格にチェックするようなことはしていない。
「たまに画面キャプチャを見ると『Facebookしてるな』というのが分かったりしますけど、それをダメだと言ったりはしません。きちんとやってくれるという信頼関係があるので、みんなとてもリラックスして仕事していますよ」(雅子さん)
ダンさんは、メンバーを採用するときに技術力よりも、やる気や学ぶ意欲、自律性を大事にしている。それは、メンバーと長く一緒に働いていきたいという思いがあるからだ。
「プログラミングの作業の半分くらいは、Googleで調べることなんですよね。調べることを厭わない人に来て欲しいと思っています。テクノロジーは常に進化しているので、学び続けないとついていけなくなってしまいますから」(ダンさん)
ダンさんは、「分からないことを調べる時間も、もちろん稼働時間に含めて問題ない」とも言う。メンバーの学習時間も必要な投資だと捉えているのだ。
弾力的なコミットメントと長期的なパートナーシップの両立を目指して
ダンさんが長期的に関わってくれるパートナーを求めているのはなぜなのか? また、それを「社員を雇う」という形ではなく、あくまでフリーランサーの集まりという形で実現しようとしている理由は? そんな疑問をぶつけると、ダンさんは次のように答えてくれた。
「ひとつのプロダクトを開発するときには、同じプログラマーに継続して仕事してもらう方が効率的です。デザイナーやイラストレーターにしても、同じ人に続けてやってもらった方が、世界観が保てますよね。それに、長く一緒にやることで気持よく仕事をできる関係になれます。それによって、みんなに新しいアイデアをどんどん出してもらいたいのです。
社員として雇用しないのは、そのためのオフィスを持たなくて良いとか、海外の人材を雇用することで発生する様々な手続きを省けるといったことがあります。また、私達の予算は状況に応じて上下するので、たくさん仕事をお願いできない時は別のところで稼いでもらうなど、その人自身に調整をしてもらうことができるのも助かる点です。
フルタイムで仕事をしてくれる社員がひとりいればいいな、と思うこともありますよ。でも、もしそういう人がオフィスで仕事をすることになったら、リモートで働くそれ以外の人たちは、『自分たちはコアメンバーじゃない』と考えるようになってしまうかもしれません。私たちはみんなをコアメンバーとして扱いたいのです」
社員という雇用関係でなくとも、みんなに「Lyriko」を自分のものだと思って欲しいと、ダンさん。実際、「Lyriko」を最初に考えたのはダンさんだが、その後はゲームのモードなどのコアな部分も含め、チームのメンバーからどんどんアイデアを出してもらい、取り入れているそう。特に新しいアイデアを出すためのミーティングなどを設けているわけではなく、いつでも思いついた時に、オンライン上で意見を交換しあえるような雰囲気作りを心がけているそうだ。
不確実性の高いスタートアップだからこそ、立ち止まって考える余裕が必要
チーム作りの話から少し離れて、ダンさんと雅子さんの仕事への取り組み方を紹介したい。
雅子さんは、日本にいた頃と今とでは大きく仕事の仕方が変わったという。日本で会社員をしていたときは様々なタスクを抱え、それを期限までに完了させるためにとにかく集中して仕事をこなす日々だった。現在は、自分のコンディションに耳を傾けながら、疲れたと感じたらその日の仕事はおしまいにする。体調が悪い時は、メッセージのやり取りなど横になったままできることはするが、無理はしない。雅子さんはこの変化を「Limit BasedからEnergy Basedに働き方が変わった」と表現する。Energy Basedの働き方は、ダンさんから教わったのだそうだ。
「疲れた状態で仕事をしても効率が悪い。それに、新しいことをやるときは決まったやり方や明確な答えがなく不確実性が高いので、立ち止まって振り返る余裕が必要。それがEnergy Basedで仕事をする理由です。以前の私はLimit Basedの働き方しか知らなかったので、最初はダンさんがすごく怠け者に見えました。でも確かに、疲れてくるとイライラしながら仕事をすることになって、周りに迷惑をかけてしまうことってあるんですよね。今はEnergy Basedにすっかり慣れて、体調の面からも、この働き方ができるのはすごくいいな、と思っています」
タスクを期限まで完了させることを重視するLimit Basedの働き方は、タスクへの集中を要求する。「集中」は一見良いことのように感じられるが、ダンさんは「集中しすぎるのは良くない」と言う。集中は競争馬が目にカバーを付けて走っているときのように、今取り組んでいること以外のものを見えなくさせる。今やっていることがあまり有用ではなかったとしても、気づかないまま続けてしまう危険があるのだ。
もちろんダンさんも、時には期限のあるタスクを抱えることがある。根を詰めて仕事をすることもあるけれど、その後は少しゆっくりするなどバランスを取り、常に立ち止まって「今何をすべきか」を考える余裕を持てるようにすることがEnergy Basedのポイントだという。
様々な働き方を試して、自分に合う方法を見つければいい
どんな働き方がいいかは、目的や個人の性格にもよる。同じITエンジニアでも、個人でやるのがいい人もいれば、チームで仕事するのが楽しい人もいる。「Upwork」のようなサービスを使ってフリーランスで仕事をするにしても、きっちり管理された方がやりやすい人もいれば、必要最低限の報告だけで済む仕事が合っている人もいるだろう。「できるだけ色々な働き方を試して、自分に合った方法を探してみたら」——日本のITエンジニアに向けて、ダンさんはこんなアドバイスをくれた。
雅子さんは、「日本人にもっと世界に出て行ってほしい」と言う。海外に出てみると、仕事の丁寧さや締め切りを守るという点で日本人が高く評価されることが分かる。言葉の面で不安があるかもしれないけれど、世界というフィールドでは「Lyriko」のチームのように非ネイティブの人も多く、やってみればなんとかなるというのが、雅子さんの実感だそうだ。
今後は国の枠を超え、より多くの選択肢の中から働き方を選ぶ人が増えてくるのだろう。
☆☆
取材・文・撮影/やつづか えり

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