毎週火曜日の3時になると、社員が集まっておやつを食べる会社がある。
これは社長も含めたメンバー11人のソフトウェア開発会社WYRD(ウィルド)での風景。30分ほどおやつを食べながら、趣味や家庭のことなど、仕事以外の話をする。
ワークライフバランス実現のために様々な取り組みをしている同社だが、大越賢治社長は、この「おやつタイム」が最も簡単かつ効果の大きい施策だと考えている。互いのプライベートな面を知る機会ができたことで、メンバー間に信頼と協力し合う雰囲気が生まれ、業績アップにもつながったというのだ。
失敗から始まった「ワークライフバランスと生産性両立」への道のり
以下が「おやつタイム」のルールだ。
- 毎週火曜日15時から15時半に実施(その間は就業扱い)
- お菓子代は会社負担(予算はひとり500円まで)
- 全員仕事から離れる
- みんなでおやつを食べる
- プライベートな話をする(趣味、育児・家事、週末の出来事など)
おやつを食べることが業績アップにつながる施策だなんて、ピンとこないかもしれない。でも、これは同社が4年ほど試行錯誤し、失敗も経験した中で見出した方法。ウィルドを真似て導入した他社でも、好評なのだそう。

この日のおやつはケーキ。お菓子は、なければ誰かが買いに行くが、外出や出張をしたメンバーが「おやつタイムに」と買ってくることも多い。予算はひとり500円までということで、かなりいろいろなものを楽しめそう。
そもそもウィルドがワークライフバランス改善に取り組むようになったのは、2011年。大越さんがワーク・ライフバランス社の社長 小室淑恵さんの講演を聞いたことがきっかけだった。
しかし、大越さんが急に「ワークライフバランスだ」「残業をやめて帰れ」と言い出しても、最初は社員に理解されなかったようだ。当時のウィルドは、多くの中小IT企業と同様、会社に寝泊まりすることもあるほど残業の多い職場で、それが当然という雰囲気もあったのだろう。
創業当時からの社員のひとり、横尾恵さんは当時を振り返ってこう言う。
「みんな冷ややかなものでしたよ(笑)。言われたからやるしかないかな、という感じでしたね」
「社長が言うから」ということで、社員たちはとりあえず早く帰るようになり、プライベートの時間は確保できるようになった。だが、それだけでは大越さんが期待したような生産性の向上にはつながらなかった。大越さんは当時をこう振り返る。

株式会社WYRD 大越社長
「最初は“超性善説”で、『プライベートが充実すれば、みんな仕事もちゃんとやってくれて生産性が上がる』と思っていたんですよ。だけどみんなのライフの満足度は上がっても、単純に仕事の時間が減っただけで、会社の売上と利益はみるみる落ちていってしまいました」
仕事の時間を短くするだけではダメだということで次に取り入れたのが、個々人の生産性を高めるための管理手法だった。各自が始業時に1日のタスクを細かく洗い出して予定を立て、終業時に振り返り、予定どおりに進まなかったことについて原因を考えるというものだ。
「本に書かれていた手法をその通りにやってみたんです。その結果、社内の雰囲気がすごく悪くなってしまって(笑) できるやつは『自分の仕事が終わったら帰る』という個人プレイの状態、できないやつはいつまでも残業してるという状態になりました。効果が出る人とそうでない人がいたんですね。その上、管理のために私やグループリーダーがかける時間もすごく増えて…。
何よりも会社の雰囲気が重苦しいというのはよくないと思い、それはやめました。基本的に『楽しく仕事したい』と考えているので。
その後、今やっているような『おやつタイム』や『プライベート予定の公開』をするようになって、会社の雰囲気はすごく良くなりました。いろいろやる中で、楽しくないものはやめて、楽しくて効果があることだけ続けているんです」
プライベートをオープンにすることで、お互いの予定を尊重できるように
「プライベート予定の公開」というのは、会社のグループウェアのカレンダーに仕事だけでなくプライベートの予定も入れるということだ。
読者の中にも、有休や夜の予定があるときに会社のスケジューラーに「有休」や「私用」などと入力し、「その日はいません!」「今日の夜は残業できません!」とアピールする人は多いのではないだろうか? ウィルドの場合は、休んだり早く帰ったりしてやることを予定に入力し、堂々と自分の時間を使うことを奨励している。
「おやつタイム」の雑談では、それぞれの趣味や価値感、生活の状況などがうかがい知れるようになる。その上で予定を公開することで、互いのプラベートを尊重しようという気持が生まれ、社員同士は自然に助けあって仕事ができるようになったという。
「何か突発的に作業が増えちゃったということがあっても、その人のプライベートで大事な予定があったら、周りが『いいよ、やっとくから行ってきな』と言うような風土ができてきました。結局行き着いたところが、『いかによくコミュニケーションするか』ということなのですよね」と大越さん。
横尾さんも、「ついこの間も、娘の七五三のためにお休みをいただきますと、堂々と書かせてもらいました。それを見て声をかけてくれる人もいて、周りに受け入れられているな、という感じがします」と言う。

横尾さん(中央)
ワークライフバランス施策の見直し、個別対応もきめ細かく
確かに、相手の状況がよく想像できると思いやりも発揮されやすいだろう。でも、昨今は時間的制約のある子育て中の社員と、それをカバーする周囲の社員に軋轢が生じているという話も良く聞く。ウィルドでは、そういう問題は起こらないのだろうか?
大越さんによれば、過去には、一部の社員にしわ寄せがいってしまうという状況もあったそう。
「『しわ寄せ』と言うのか『助け合い』と言うのかは程度の問題で、部分的には助け合わないとしかたない。でも、行き過ぎて『しわ寄せ』になってしまうような制度は、見なおしてきています。(全員のワークライフバランス向上という)結果につながらない施策は取らないことを会社として宣言しているので、今はみんな納得しているはずです。
例えば、有休をみんなが取れるように、今年は全社の有休取得率70%という目標を立てて毎月状況を共有しています。子育てで休むのも遊びで休むのも同等に扱うことで、独身のメンバーでも、現時点のライフスタイルの中で優先したいことを尊重できる雰囲気にしています。ゲーム好きなメンバーであれば『新しいゲームの発売日だから、1日休んでプレイします』というのもOKなんですよ」
そのほかに、ウィルドでは「月1個人面談」という取り組みも続けている。毎月1人につき1時間、社長と直属の上司が面談するというものだ。面談の場で話すのは、スキルアップ目標に対する進捗確認や、プライベートな相談など。妊娠出産や家庭の事情など、みんなの前では話せないようなことを早めに相談してもらって個別に手を打つ。
特に中小企業の場合、この「個別に手を打つ」ことで、いかにやめずに長く働いてもらうかが重要になる。例えば前述の横尾さんは、第2子・第3子(双子)を妊娠したとき、「子どもが1人でも大変なのに3人で復帰するイメージができない。中途半端な仕事では会社に迷惑かけてしまう」と退社を考えていたそうだ。大越さんはその話を受け、「出産後にどうやったら復帰できるかを考えてみよう」と退社は保留にし、出産してしばらくした後に話合いの場を持った。その結果、「10時~15時半の4.5時間勤務なら」ということで復帰を実現したという。
ワークライフバランスと生産性アップのポイントはビジネスモデルにもあり
休みやすく早く帰りやすい雰囲気作り、協力体制やモチベーションアップにつながるコミュニケーションで、一度は下がった売上・利益も、今は以前を上回るようになった。大越さんが特に効果を感じているのは採用面だという。ワークライフバランスへの取り組みが会社の知名度アップにつながり、人材採用がやりやすくなった。結果として獲得できる仕事の幅が広がり、会社の成長にもつながっているのだ。
エンジニアの猿山治邦さんは、ウィルドの職場の雰囲気と、プログラミング言語としてRubyを使用している点に惹かれて昨年中途入社したそう。前職ではSEとして客先に常駐し、納期に追われながら仕事をしていた。今は「のびのびできる環境。心にも家庭にも余裕ができた」と語る。

猿山さん(右)
猿山さんがそうだったように、ソフトウェア開発の仕事はどうしても長時間労働になりがち、というイメージがある。また、厚労省の平成25年「労働安全衛生調査」によると、メンタルヘルス不調による休業者や退職者の割合が最も多い産業は情報通信業だった(平成25年「労働安全衛生調査(実態調査)」結果の概要)。その要因のひとつは、IT産業の多重下請け構造や縦割りの組織構造にある。例えば、元請け会社あるいは営業担当者が、現実的でない短い納期で仕事を請け負ってきてしまうために、エンジニアが長時間労働で対応せざるを得ないといった状況が生まれてしまうのだ。
ウィルドの場合、エンジニア自身が仕事の主導権を握れる体制をとっていることも、ワークライフバランスを保てているポイントのひとつのようだ。
「炎上するプロジェクトというのも、いまだにあるんですよ。でも、うちは営業も見積もりもエンジニアがやるので、炎上したとしてもそれは見積もりがちゃんとできていなかったとか、そもそも技術的に得意じゃない部分を請けたとか、自分たちの責任である部分も多い。だからあまり理不尽な思いをすることはないですね。
お客さんからの要望も、無理なものは突っぱねます。うちの場合、お客さんとの直取引か、間に1社入る場合でも必ずうちがお客さんと直接話をするという条件でやっているので、仕事の主導権を取れているということは大きいと思います」(大越さん)
もちろん創業当時は仕事を選べる状況ではなく、残業もかなり多かったそう。でも、その状態に甘んじず、今の会社の姿に脱皮できたのは、「楽しく仕事をしたい」という理想をとことん追求してきた結果だろう。ワークライフバランスへの取り組みにおけるトップの意思の重要性が感じられる事例だ。
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<お知らせ>
2016/1/27(水)に東京都港区で開催する「ワーク・ライフ・バランス 経営講座&お悩み相談会」にて、本サイトを運営するやつづかがコーディネーターとなり、ウィルド 大越社長、ソウ・エクスペリエンス 西村社長(参考記事:ソウ・エクスペリエンス取材で感じた子連れ出勤の”副産物”)をゲストに迎えてお話します。
無料で参加者を募集しておりますので、ご興味のある方はどうぞいらしてください!
詳細:https://www.facebook.com/events/1536252043357343/
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取材・文・撮影/やつづか えり

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