社員の力を引き出す方法はまだまだある。spice lifeが「リモートライフ制度」で得た効果
2015/10/23 更新:2018/11/30
一説には、日本国民の30%がかかっていると言われる花粉症。春になるとつらくて仕事に集中できないという人も多いのではないだろうか。
Profile
吉川 保男 Yoshikawa Yasuo
大学卒業後、数年間ソフトウェア業界にてプログラマーとして業務システム開発に携わる。2001年10月より約4年間、ジグノシステムジャパン株式会社にてシステムエンジニアとしてケータイ公式10数サイトの立ち上げを経験する。 2006年からは株式会社ネットジーンにて企画ディレクターとして従事し、親会社であるヤフー株式会社にて企画ディレクションを担当。 2006年10月より本社経営企画室へ転籍。事業企画を担当する。その後2007年2月に独立、2007年5月に「株式会社spice life」を設立。
Profile
五十嵐 邦明 Igarashi Kuniaki
株式会社spice life CTO 開発部部長。大学卒業後、新聞社の画像管理システム開発やSONY製品の映像に関するプログラム開発などを行う。2009年から株式会社万葉にて Ruby on Rails をつかったWebアプリ開発やiPhoneアプリ開発に従事。 2012年より一橋大学非常勤講師を兼任。2013年より株式会社spice life入社。現在にいたる。
株式会社spice life(スパイスライフ)のCTOである五十嵐邦明さんもそのひとり。花粉症の時期は、能率が落ちることを見越して、仕事量の見積もりを普段の2割くらい減らすほどだそう。
1〜2ヶ月にわたって2割も生産性が落ちるとなると、会社にとっても大きな損失だが、組織として対策しているという話はほとんど聞いたことがない。しかし、五十嵐さんは会社の制度を使い、今年の春は花粉のない沖縄と台湾に「疎開」しながら働くことができた。その効果は絶大で、普段どおりどころか2〜5倍の成果が出せたという。
花粉症以外の社員もOK! 非日常な環境で仕事をする制度
きっかけは昨年の花粉症シーズン、吉川保男社長と雑談するなかで、五十嵐さんが「花粉のない場所に疎開できる制度を作ったら、エンジニアは飛びつきますよ」と言ったことだった。身体の不調により集中力が保てなくなるのはエンジニアにとって大問題だと考える吉川さんは、五十嵐さんがつらそうな姿を見て、「これはなんとかしなければ」と「疎開制度」を前向きに考える気になったという。
五十嵐さん、吉川さんと労務担当者の3人で制度の内容を考えた結果、制度は花粉症かどうかに関わらず社員みんなが使えるものにしようということになり、「リモートライフ制度」が誕生した。それは、社員が年に1回、1ヶ月程度の間、普段とは違う場所で生活しながらリモートで仕事ができるというもの。会社は旅費と宿泊費として10万円までを負担する。
吉川さんは、「なるべく行ったことのないところに行ってみて」と社員に言っているそうだ。この制度で普段とは違う場所や雰囲気の中に身をおくことで、気分転換することや、人間としての経験値を増やすこと、それによるモチベーションや集中力の向上を期待しているからだ。
実際、制度の策定中や開始後、社員からは「冬にスキーをしながら仕事をするのはOK?」など、様々なアイデアが出てきたそう。10月にはアメリカに行き、現地で開催されるカンファレンスに参加しながら仕事をするという社員もいる(アメリカまで行くと10万円ですべてをまかないきれないが、今回は友人の家に宿泊することで、予算内での滞在を可能にする予定)。

スパイスライフはオリジナルデザインのTシャツをネットで簡単に注文できるサービス「tmix」を開発・運営している。オフィスはTシャツのショールームも兼ねている
沖縄で、テンション高く開発に集中
五十嵐さんは、今年の2月中旬から2週間を沖縄の那覇で過ごし、その後島根への出張を挟んで台湾でも2週間過ごした。
沖縄ではairbnbで見つけた部屋に滞在し、平日は朝7時か8時から夜21時頃まで、近所のカフェに昼食に行くときと、夕食の買い出しに行くとき以外はずっと仕事をしていたそう。リゾート地にいるとは思えないストイックな生活だが、花粉症が出ないことはもちろん、普段とは違う場所にいるという特別感や、ひとりなので集中しやすいといった好条件が後押しし、毎日テンションがあがって、普段より長く仕事をする結果になったのだそう。週末には離島に一泊するなど沖縄を満喫してリフレッシュしたことも、仕事に集中できた一因だろう。
この期間、開発量(※)の比較で普段の2〜5倍の実績が上げられたというから、五十嵐さんにとって「リモートライフ制度」は花粉症対策以上の効果があったことが分かる。
(※正確には、開発内容に応じて事前に見積もったポイントの積み上げ)
組織が育つ副次的効果も
ただ、「開発量2〜5倍」については少し補足説明が必要だ。五十嵐さんはエンジニアとしてプログラミングも手がけつつ、CTO、開発部の部長としてマネジメントの役割を負っている。沖縄や台湾に滞在中は、マネジメント業務の割合が少し減った分、開発のアウトプットが増えたという側面もあるのだ。
そう聞くと、「管理職の役割を十分果たせなくなるのは問題では?」と感じられるかもしれない。でも、五十嵐さんによればそれがかえって良い機会になったとのこと。
スパイスライフでは普段から在宅勤務OKで、メンバー同士が毎日顔を合わせているわけではない。また、チャットツールやビデオ会議でのコミュニケーションにも慣れている。ただ、2週間ものあいだずっと直接顔を合わせることがないのは珍しい。五十嵐さんは沖縄に行く前、メンバーそれぞれが、五十嵐さんに逐一聞かなくても仕事をできる状態にするための準備をしていった。しかしそれでも想定通りに行かないことがあり、そのことが逆にメンバーの成長を促した。例えば、開発の進捗を確認してタスクを割り振るという仕事は、当初は五十嵐さんがリモートでやっていたが、いつのまにかメンバーの中のひとりが積極的にその役割を担うようになっていたという。
「トップがその場でやっている限り、なかなかその立場を代わりに担える人が育たないので、組織を育てるという意味でも、自分が現場から離れる機会を持つのは良いことでした」(五十嵐さん)
リモートライフ制度を使ってみて、五十嵐さんも吉川さんも「通常運転時は意外と問題ない」という感触を得たそうだ。五十嵐さんによれば、距離があると解決しづらいだろうと感じられるものは、人間関係の揉めごと、メンバーの体調不良や過重労働のような問題だという。
また、普段から各自の裁量で「在宅勤務OK」という同社だが、吉川さんは、「特に新しいサービスを立ち上げるときは、インタラクティブなコミュニケーションが必要」だと言う。だから、必要に応じてフェーストゥフェースでのミーティングを招集することもある。サービスのコンセプトやイメージのすりあわせはなるべく集まって行い、各自がやるべきことが十分明確になれば、顔を合わせずに作業を進めても問題ないというわけだ。
期間限定で遠隔地に行く「リモートライフ制度」は、こういったリモート勤務のリスクやデメリットを抑えつつ、仕事環境のマンネリ化を打破できる良い制度だと感じた。
エンジニアの生産性アップと成長のための様々な施策
スパイスライフには、ほかにもユニークな制度や文化がある。たとえば「昼寝制度」。仕事の効率を上げるために短時間の昼寝が有効ということで、勤務中でも自席やソファで昼寝することが推奨されているそう。その他、PCやディスプレイ、椅子などの仕事道具は社員本人が必要と思うものを選んで購入してもらえるという羨ましい制度も。
これらは仕事の効率アップを短期的に実現する策だが、より印象的だったのは、吉川さんの「仕事に限らずたくさんの人生経験をしてほしい」「高い目線で仕事をしてほしい」という社員への思いが反映した施策だ。
例えば、昨年は一流の企業を見て一流のエンジニアと触れ合うため、社員全員でアメリカに視察旅行に行った。「リモートライフ制度」も、吉川さんにとっては「社員がいろいろな体験をし目線を上げるきっかけにする」という意図が大きいようだ。
「僕らは誰かの注文に応じてシステムを開発しているのではなく、自社のサービスを開発しています。サービスを成長させていくためにはエンジニアも含めてみんなでいいアイデアを出していく必要があります。ユーザーが何を考え、求めているのかを想像するのに、いろいろな人と触れ合ったり、知らない場所のことを知ったりすることがとても役に立つと思っています。また、忙しさに埋没してしまうと、何のために仕事をしているのかわからなくなってしまう。そうでなく、目線を高くして目的に向かって仕事をしてもらうためにも気分転化は必要でしょう。みんなには、ぜひいろいろな体験をして欲しいですね」(吉川さん)
最近は山梨県出身の社員にコーディネートを頼んで、山梨での社員旅行を楽しんだ。そうやって社員の出身地をみんなで訪れ、話を聞く。それがその人のことをよく知るきっかけになり、チームワークの醸成につながるため、今後も各社員の地元を訪れる旅行を続けていこうと考えているそうだ。
五十嵐さんや吉川さんの話を聞いて、会社が社員のパフォーマンスを引き出す方法はまだまだ出つくしていないと感じた。
☆☆
取材・文・撮影/やつづか えり

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