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「八ヶ岳に住みたい!」から1年半で移住。新しい暮らし方・働き方を後押しした力とは【後編】

2015/10/01   更新:2018/12/10

前編へ(長野県富士見町と東京を行き来する津田さんの、移住のきっかけと生活の様子を紹介しています)

移住を後押しした出会いと役割

津田賀央さん

八ヶ岳に住もうと考えてから1年半後には富士見町で暮らし始めた津田さんだが、当初はそんなに急いで移住するつもりではなかったという。行動を早めた要因のひとつには、同世代の移住者との出会いがあった。

「去年のゴールデンウィーク頃、富士見町に住み、『グランドライン』という名前で活動していた、徳永さんと迫田さんという建築家のところに遊びに行ったんです。それが初めての、同世代の移住者たちとの出会いでした。それ以前はリタイア後のセカンドライフを過ごすために移住したという人の話しか聞いたことがなくて、どうも実感がわかなかったんですよね。そんなときに、30代の人たちが移住してどう暮らしているか、どんな感覚でやっているのかということを聞くことができて、初めて『自分たちも住めるかもしれない』と思えたんです」

彼ら先輩移住者は、働き盛りで子育て中の世代にとっての富士見町の暮らしやすさを、具体的に教えてくれた。何よりも津田さんの気持を動かしたのは、「こっちに来たとして、何をしたらいいかまだ分からないんです」と言ったときに返ってきた、「何もしなくていいんだよ。時間もあるし食べ物もあるし、来てからじっくり考えればいい」という言葉だ。「あ、そうか。そういう感じでいいんだ」と、変な気負いがなくなり、移住を現実的に考えられるようになった瞬間だった。

富士見町への移住がとんとん拍子に進むことになったもうひとつの要因は、津田さんが富士見町役場の「富士見町テレワークタウン計画」を知り、そこに自分の役割を見出したことだった。

その当時津田さんは、自分の移住について検討すると同時に、「自分と同様に移住して新しい働き方をしたい人たちのために、地方でITを活用して仕事をしていけるような支援や場所づくりをできないか」と、事業プランを考えていた。たまたま見つけた「富士見町テレワークタウン計画」は、町がネットワーク環境を整備したシェアオフィスの開設や住居の紹介などを通じ、テレワークを始める企業や個人を誘致しようというもの。「やりたかったのはこれだ!」と思うと同時に、計画の内容や告知方法には大いに改善の余地を感じた津田さん。いてもたってもいられず「自分に手伝わせてほしい」と町役場に連絡したそうだ。

その頃、町では町長の旗振りで計画書を作り予算もとったものの、実際にどのくらいの応募があるか予測もつかず、プロジェクト具体的な実行方法を考えあぐねていたようだ。そのためか、津田さんが連絡するとすぐに担当者が会いに来てくれ、その翌週には町長と面会することに。そこでプレゼン力を発揮し、自分の思いや町の計画の実現案を伝えた津田さんは、正式にプロジェクトに参画することになった。

津田さんが参加したのが昨年の夏。そこから動き出した富士見町のプロジェクトでは、まず「ホームオフィスプロジェクト」として在宅テレワークを始める企業や個人を募集し、2015年春から町が用意した住居兼オフィスを貸し出すことになった。用意した4物件に対して、60件の応募があったという。

津田さんは、役場の担当者と共にプロジェクトの計画づくり、Webサイトのディレクションやプレスリリース、説明会・見学会の企画、応募者の選定などに携わり、自身も4物件のうちの1件に入居することに。予想外に早い移住は、このようにして実現したのだった。

津田さん一家が暮らすのは、町がホームオフィスとして貸し出している広い庭付きの一軒家

津田さん一家が暮らすのは、町がホームオフィスとして貸し出している広い庭付きの一軒家

上司へのプレゼンで実現した週3日勤務という働き方

津田さんが移住を考え始めたとき、仕事はどうするつもりだったのだろうか?

「最初はそんなにすぐに移住する予定ではなかったので、3〜4年後だったら何らかの形でソニーの仕事もしつつ同時に他のこともやるということができそうだと考えていました。ソニーに移る前は広告代理店だったので、化粧品のキャンペーンをやりながら、コンビニのおにぎりのプロモーションをしたりとか、いろんな業種のいろんな仕事を同時にすることに慣れていたんですね。そういう意味では『ソニーだけでいいのかな』ということも考えていたんです。周りにもエンジニアやデザイナーだと、フリーランスとしてプロジェクトベースで働いている人もちらほら出てきていて、そろそろプランナーみたいな職種でもそういうやり方をしていいんじゃないかな、自分も3〜4年後だったらそんなキャリアに挑戦できるかもしれないな、と。それと、こっちは生活コストがかからないので、年収が下がったとしても、なんとかなりそうだとも考えていました。年間で必要な収入を確保すればいいんだと考えれば、1年の内のある時期は会社に行って働いて、それ以外は地元で仕事するというような季節労働的なやり方なんかもあるかもしれないとか、漠然とですが思っていたんです」

富士見町のプロジェクトに参画することで予想外に早い移住を決断した津田さんは、働き方の転換も急ぐことになった。昨年10月に会社の上司に対して、移住の予定と、それ以降は週2回出勤で仕事を続けたいこと、同時に富士見町の仕事も請け負うために副業を認めてほしいという希望を伝えたそうだ。

津田さんが「週2回出勤でやっていきたい」という話を始めたとき、上司は憤慨していた。だが、「認められなければ会社を辞めるのもしかたない。でも、もしソニーという大会社でこの話が認められれば、日本のメーカーの働き方が変わるかもしれない」というプレゼンに、最後には「男として腹落ちしたから、バックアップする」と言ってもらえたという。

その後、上司から人事部と部門の担当役員に話をしてくれ、津田さんは会社と年間契約で、正社員と同等の待遇で仕事を続けられることになった。当初津田さんは週2日の出社を希望していたが、会社の制度上、社会保険の適用対象となるために必要ということで、週3日出勤するという今のスタイルになった。

津田さんは、「ソニーという会社だから、理解されやすかったという面はあると思う」と語る。社内には、津田さんが新しい働き方に挑戦することを聞いて、「それはいいことだから、がんばって」と応援してくれる人も多いそうだ。

二拠点生活を現実のものにしたのは、行動力とプレゼン力

現在津田さんは「富士見町テレワークタウン計画」の一貫で、サテライトオフィスやコワーキングスペースとして使える複合型のビジネス施設の開設準備に奔走している。大学が所有していた山小屋をリノベーションするその施設は、テレワークを始める企業を誘致するとともに、テレワークのために移住してきた人や、元々地元で仕事をする人たちが交流できる場所にしようという目的で、早ければ今年12月にはプレオープン予定だ。

リノベーション中の施設にて

リノベーション中の施設にて

津田さんは、二拠点生活の秘訣を「移り住んだ先の社会で自分がどうコミットするか」だと言う。何かしらそこやるべきことを模索すれば、その土地の人たちと新しいつながりができ、長い目で見た時に、そのつながりが良い暮らし方をもたらすと感じるからだ。

津田さんが自分の価値観に合う移住先を見つけ、早々に「富士見町のテレワークタウン計画への参加」という形でコミットするようになったのは、その行動力と、自分のビジョンを周囲に伝え、「やってみろ」という言葉を引き出すプレゼン力が大きいだろう。二拠点生活で週3の会社勤務という働き方を作り出したのも然り。働き方、暮らし方を変えたい人に、とても参考になる話だと感じた。

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取材・文/やつづか えり 撮影/八塚 裕太郎

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