働き方は走りながら考える。柔軟な勤務条件が0歳児ママの背中を押した
2015/09/18 更新:2018/11/30
個人宅向けの出張シェフサービスを提供するマイシェフ株式会社でPRを担当している石渡藍さんは、10ヶ月のお子さんの世話をしながら、在宅で仕事をしている。1日の勤務時間は決めず、1週間の合計が9〜10時間ほどという変則的な働き方だ。
石渡さんが今の仕事を始めたのは今年の7月。一度は子育てに専念しようという気持をもったものの、「やはり社会に出て仕事をしたい」という気持がわいてきた。でも、子どもを保育園に入れるあてもなく、オフィス勤務を前提とした就職は、すぐには難しい…、そんな風に考えていた石渡さんが、どのようにして今の仕事に出会ったのか、家事育児と仕事を同時にこなす日々の生活はどんな様子なのか、詳しく聞いてみた。
Profile
石渡 藍 Ishiwata Ai
東京都出身。中央大学法学部卒業後、広告代理店に6年勤務。行政の民間企業経験者の採用枠に応募し、市役所職員に。
小学校から大学まで育った地元の市の「シティセールス推進課」にて市の魅力UPのための活動を行う。
妊娠を機に退職し、2014年10月に第一子を出産。子どもが8か月の頃にマイシェフの求人情報を見つけ、2015年7月よりマイシェフ株式会社のPR担当として在宅勤務を開始。
「育児中・育休中のママ歓迎」の言葉にピンときた
石渡さんは、もともとは広告代理店に勤務し、主にスーパーやショッピングセンターなどの小売店の販売促進の企画を手がけていた。その後、神奈川県相模原市役所の「シティセールス推進課」に転職。市の魅力を見つけてメディアに発信したり、そのために市内のお店や学校などを取材したりする広報・PRを担当した。
市役所での仕事は有期契約で、妊娠がわかった後の3月末でちょうど2年間の契約期間が満了し、離職した石渡さん。その当時は出産後に仕事に復帰するという計画は特になく、「子育てに専念しよう」という気持でいたという。だが、出産後しばらくして少し落ち着いたところで、自宅で子育てをしながら働ける方法があれば、と考え始めたそうだ。
「何か仕事をしたいと思いつつ、具体的な就職先を探すということまではしていませんでした。子どもを保育園に入れておらず、フルタイムの仕事は無理だなという前提があったので…。在宅で、前職の経験を活かしてできる仕事がないかと考えていた時に、Facebookで知人がマイシェフの求人情報をシェアしているのを見かけたんです」
マイシェフのブログで広報担当者の募集記事を読んだ石渡さんは、とても興味をひかれたという。その理由は次の3つだ。ひとつは広報・PRという石渡さんの経験が活かせる仕事であったこと。ふたつ目は、子育て中の母親を主な顧客とするマイシェフの事業内容に共感がもてたこと。そして3つ目は、募集要項には在宅勤務を前提とし「子育て中のママを歓迎する」と書いてあったことだ。
勤務条件の柔軟さが、必要な人材を引き寄せる
マイシェフの求人を知った石渡さんは「ぜひここに行きたい」と思ったものの、自分にとって初めての「在宅勤務」がうまくいくのかどうかが不安だったため、「まずは話を聞いてみよう」というスタンスで応募した。そして社長との1〜2時間の面接を経て、「これならできそう」という気持を持ったという。
「他のスタッフも子育てしながら在宅でやっているというお話を聞いて、少し安心しました。また、最初は1日3時間を週3日という前提でしたが、『もしうまくいかなければどんどん変えていっても良い』と言っていただけて、それならなんとかできそうだと。『しっかりやろう』と思いました」
社長の清水さんによれば、石渡さんと面接して、「この人なら、マイシェフの仕事を一緒にやれそうだ」と感じたのだという。
「在宅の仕事で『ママさん歓迎』と言っているので、応募してこられる方はみなさん、『家事や育児とバランスをとりながら仕事をしたい』という考えがあります。家庭生活に軸足を置くという大前提はもちろんありです。ただ、仕事である以上は結果を出す必要があります。その点について、責任感がある方に来てほしいと考えていました」と清水さん。
清水さんの経験では、仕事から離れている期間が長いと、このようなビジネス感覚を取り戻すのが難しい傾向がある。石渡さんの場合はブランクが短いという点で、安心感があったという。
また、在宅勤務の場合は逐一仕事の指示をすることは難しい。仕事の目標とこれまでの経験とを元に、自分でやるべきことを企画して自律的に動けそうであるという点も、石渡さんを採用する際の大きなポイントになったそうだ。

社長の清水さんと
ふたりのお話から分かるのは、企業とそこで働く個人のマッチングの際に、「勤務条件の柔軟さ」がとても大きな役割を果たしているということだ。
特に初めて子育てをする場合、「会社に貢献したい」という真剣な気持がいくらあっても、「週に何日、何時間以上働けます」という約束をするのはとても難しい。自分の意志ではコントロールできない子どもとの生活をしながらどの程度仕事に時間をさけるのか、事前には予測がつかないのだ。ほとんどベビーベッドの上で過ごしていた赤ちゃんがハイハイしたり歩いたりするようになれば、親の見守りやサポートが以前より必要になるなど、子どもの成長の過程で手のかかり具合も変化する。また、子どもの性格や病気しやすいかどうかなどの個人差も大きいので、先輩ママができている働き方が自分にもできるとは限らない。真面目な人ほど、「約束を守れないかもしれない」「迷惑をかけてしまうかもしれない」と、仕事でチャレンジすることに躊躇してしまうだろう。
せっかくの優秀な人材がそのような理由で外に出てこないということに、気づいていない企業も多いのではないだろうか。逆に、「子育て中の母親は急に休んだり早退したりしがち」という事情を気にするあまり、「これだけの時間働けますよね? これだけのパフォーマンスを出せますよね?」といった約束を迫り、本当はやる気のある人材を遠ざけてしまっているケースもあるかもしれない。
マイシェフの場合、必要なスキルと仕事に対する姿勢に関しては高い水準を求める一方、働き方や成果については決めきらず、「やりながら調整していきましょう」という姿勢を見せることで、石渡さんのような人の背中を押すことができたのだ。
「まずは1ヶ月やってみましょう」からの試行錯誤
実際、「まずは1ヶ月やってみましょう」ということで「1日3時間、週3日」の勤務を始めた石渡さんは、2ヶ月目からは「週に5日、トータルで9時間程度」という働き方に変更している。
「最初は、曜日を固定して週に3日、1日3時間やろうと考えていました。連続3時間は取れないので、午後に子どもが昼寝をしている間の1,2時間と、夜に子どもが寝てからの1時間やろうと。でも実際に始めてみると、『予想以上にできない』とわかったんです。途中で子どもが泣いたりして1時間も集中できないことが多いし、社外の方とメールをやり取りするのに、仕事をすると決めた曜日と時間帯だけではタイミングが合わないということもありました。それで、3週目くらいからは、『週3日でなく、毎日働くような形でやらせていただきます』と話をしました」
毎日できる時間に少しずつという形に変更したことで、かなりやりやすくなったそうだ。
「PRというのは、自社の事業に関連しそうな記事をチェックしたりするのも仕事です。気になるニュースやチェックすべきメールは毎日発生するので、『決めた曜日に3時間』としていたときは、それ以外の時間にそういうものを見る(=時間外に仕事をする)かどうか、といったことに葛藤を感じていたんです。でも、『1週間で9時間』となれば、できるときにちょっとずつ進めていけるので、気分的にはかなりラクになりました」
現在は、途中で起きてくる子どもの世話もはさみつつ、午後と夜のそれぞれ2時間程度を仕事の時間と決めて取り組んでいる。それ以外の時間も、家事や育児に手が取られていないときは「ずっと仕事のことを考えている」という石渡さん。常に仕事と子どもの両方を気にかけつつ過ごす毎日は、保育園に預けて働いている場合と比べても相当大変そうだ。それでも石渡さんは、子どもと一緒にいたいという思いと、社会との接点を持ち子育てとは違う世界も味わいたいという思いを両立できる、この働き方が気に入っている。
事前に「2日単位」の予定を報告
マイシェフでは、社長の清水さんがコミュニケーションのハブになっている。もう少し人数が増えれば、スタッフ間の直接のやり取りが必要になってくるだろうが、今の段階では、石渡さんが仕事を進めるにあたって連絡や相談、報告をする相手は清水さんのみだという。
石渡さんと清水さんは、毎週金曜日にSkypeで仕事の状況を確認するミーティングをしている。それ以外に必要なときはメールで連絡を取るほか、石渡さんの仕事の目標、スケジュール、コンタクトをとった相手やその状況など、石渡さんの業務に関する記録をすべてひとつのGoogleスプレッドシートに入力し、お互いに見られるようにしているそうだ。
おもしろいのは、石渡さんは1週間の予定を2日単位で報告しているという点。
「今週の月・火はこんなことを、水・木はこんなことを、という形で、2日ずつに分けて予定を立てています。やはり子どもの状態によって、ある日にやろうと思ったことができずに翌日にずれてしまうようなこともあるので」
急な発熱で病院に連れて行くなど、突発的な対応が発生しがちなパパママにとって、参考になるスケジューリング方法ではないだろうか。
子どもの成長、会社の成長とともに、仕事も増やしていきたい
石渡さんは在宅勤務が基本ではあるが、広報・PR担当として外で人に会う必要も出てくる。そんなときは、石渡さんの母に子どもを預かってもらっているそうだ。また、認可保育園の一時保育の利用登録もしている。そういった臨時の預かり手段は確保しつつ、幼稚園入園までは自宅で保育していくつもりだという。
「幼稚園に入れば、今よりも仕事の時間が調整しやすくなりますよね。その時期が楽しみです(笑) 仕事の量も、今の会社の状況だとこれくらいかなという気がしていますが、PRには外の人とお会いして直接お話しするというのが一番効果的だったりするので、そういう機会はもっと増やしていきたいですね。また、いずれはイベントの企画運営なんかもできれば、と考えています」
今の働き方をずっと続けるというよりは、子どもの成長や会社の状況によって、そのときにできること、求められることを見極めてやり方を変えていくことになるのだろう。働き方に関して柔軟な考え方をとっている組織だと、将来のキャリアに関しても枠にとらわれずに様々な可能性を考えられそうだ。
☆☆
取材・文・撮影/やつづか えり

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