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古民家オフィスでの仕事、出身地の活性化 〜ネットがある時代だからできたワークスタイルとライフスタイル〜

2015/07/28   更新:2018/11/30

※この記事は、「平成27年版 情報通信白書」のための調査の一貫で行ったインタビューを元に作成しました。記事の内容は、2015年3月にインタビューした内容に基づいています。

地元にサテライトオフィスを開設する企業にUターン転職

えんがわオフィス

(株)プラットイーズのサテライトオフィス「えんがわオフィス」の外観

株式会社プラットイーズに務める谷脇研児さんの職場は、徳島県名西郡神山町にある。「えんがわオフィス」と名付けられたその建物は、元は築90年ほどの民家だ。きれいに改装されているが、昔ながらの瓦屋根や天井を渡る太い梁など、古民家の雰囲気が色濃く残っている。背景は山々に覆われ、少し歩けば田畑が広がる。「オフィス」という言葉からイメージされるものとは大きく異なる、ゆったりとした環境だ。

「えんがわオフィス」は、同社の「サテライトオフィス」として2013年7月にオープンした。その年の2月に入社した谷脇さんは、最初は東京の本社に勤務しつつ、サテライトオフィスの立ち上げに携わった。今「えんがわオフィス」に勤務しているのは、ほとんどがその後に地元で採用された人達なので、谷脇さんは古株だ。

神山町にサテライトオフィスができるという話を知った当時、谷脇さんは東京で単身赴任中だった。

新卒で地元の徳島の企業に就職し、ずっと徳島で勤務していた谷脇さん。40代なかばにして初めて転勤を命じられたのは、住み慣れた地に家を建てて住み始めて3ヶ月というタイミングだった。妻子と飼い犬を残して単身赴任という選択をしたものの、そのまま勤務を続けて徳島に戻ってこられる見込みはなかった。谷脇さんいわく、東京転勤はリストラ対象者とみなされてのこと。異動先ではパワハラや給与の削減など理不尽な扱いを受けたという。

そんな状況だったため、谷脇さんは「一年間の東京留学だ」と割りきり、一年たったら会社を辞めて戻ってこようと決めていた。

「東京留学」中は、そこでしかできないことをしようと、社会人向けの講座やイベントに頻繁に参加して知見を広めていった谷脇さんだったが、徳島に戻ってからの展望は、なかなか見えなかったという。しかしあるとき、プラットイーズが徳島で開いた説明会に参加。神山町にサテライトオフィスを開設予定であることを知った。そして後日、飛行機の中で同社社長に偶然出会い、その場で「働かせて欲しい」と相談したことがきっかけとなり、入社が決まったのだ。

都会とは全く異なる通勤・職場環境

東京では、通勤時間は電車で10分と短かったが、例え10分でも激しい通勤ラッシュがとても辛かったという谷脇さん。今は車で50分かけて通勤しているが、町中に向かうのとは逆方向なので渋滞もなく、川沿いの道を走るのがとても気持ち良いそうだ。

駐車場に車を停めたら、その前にあるお不動さんに「今日も一日穏やかにすごせますように」と手を合わせ、田んぼや畑を眺めながら会社まで歩く。オフィスに到着するとみんなで掃除をし、朝会をしてからそれぞれの業務を始める。週に一度、オフィス内テーブルを囲んでみんなで昼食を食べる。その日は近所の主婦がアルバイトで来て昼食を準備してくれるので、料理をする音と匂いに包まれて仕事をするのだという。

東京転勤以前の職場も含め、以前は通勤中に少しずつ「仕事モード」に変わり、会社に入ったら完全に仕事人間に切り替わるような感覚があった。今はそのようにオンオフが切り替わるタイミングがないと、谷脇さんは言う。それで生産的に仕事ができるかどうかは仕事の内容にもよるが、心身ともに健康的でいられる環境であることは確かなようだ。

ICTを活用した仕事をしながら、余暇は地域活動に熱中

のんびりとした自然に囲まれた古い民家の印象とは裏腹に、そのオフィスで行われているのはデジタルやインターネットの技術がなければなりたたない現代的な仕事だ。

プラットイーズが手がけるのは、テレビの番組情報の運用・配信など、放送局やケーブルテレビ局に対するサービス。神山町は情報通信インフラが充実しているため、都市部にいる顧客に対しても、インターネットを介してサービスを提供することができるのだ。

仕事の全体像を理解して欲しいという会社の方針で、「えんがわオフィス」で採用された社員達は、番組表データの作成を始めとする様々な業務をローテーションで担当している。谷脇さんも、2年間様々な業務を行い、今年に入ってからは、それらに加えて会社の広報も担当している。「えんがわオフィス」に見学に訪れた人を案内したり、SNSで情報発信をしたりしているのだ。

サテライトオフィスの見学に訪れた地元の小学生を案内する谷脇さん。

サテライトオフィスの見学に訪れた地元の小学生を案内する谷脇さん。

そのような仕事の傍ら、余暇には地域おこしの活動に精を出している。出身地である阿南市椿地区で、休校中の学校の体育館を利用して音楽祭を始めたり、田植えや稲刈り、地域のお祭りへの参加者を募ったり、昨年からは「おとなこども大学」と称して、大人も子供も一緒に地域で遊んで学ぶ講座を開いたりもしている。

進学に伴い故郷を離れ、今も阿南市からは少し離れた場所に住んでいる谷脇さんが、出身地の活性化について考えるようになったのはごく最近だ。細い岬の先端にあって非常に交通の便が悪く、人口は減るばかりの出生地・椿泊町を含む椿地区。そこは谷脇さんにとって「親はいるが、友だちは(地元を出てしまって)いない」場所で、以前は関心が薄かった。それが変わったのは、「東京留学」中に島根県の離島である海士町の存在を知ったことがきっかけだった。

海士町は、かつては他の多くの離島と同様、過疎と厳しい財政状況に直面していた。しかし、地元食材のブランド化や島の高校に島外から生徒を呼びこむ施策などを通じて見事に活気を取り戻し、今では20代、30代の働き盛りの移住者を続々と呼び寄せている。

その話を聞いた谷脇さんは、本州からフェリーで3時間以上もかかる島がそれほど活況を呈していることに、とても驚いたそうだ。そして、椿泊よりもっと不便な離島でそんなことができているのなら、椿泊でも何かできるかもしれない、と考えるようになったという。

さらに、身近な神山町でも、手に職を持つ若者や企業のサテライトオフィスを呼び込んで活気が生まれていることを知った谷脇さんは、「椿地区を人が来る場所に」という思いがますます高まり、東京にいる時から、椿地区でのイベントを企画、運営し始めたのだ。

ICTにより、そこにいなくてもできることが増えている

阿南市椿地区で行った「おとなこども大学 環境学習」での記念撮影

阿南市椿地区で行った「おとなこども大学 環境学習」での記念撮影

仕事にしても地域おこしにしても、情報のデジタル化やSNSなどのおかげでそこにいなくてもできることが増えている、と谷脇さんは言う。
地域おこしの活動に関して言えば、谷脇さんは椿地区に住んでいるわけではないが、昔のつてをたどってイベントを企画し、SNSで情報発信をすることで、地域外からも参加者を集めることに成功している。時には、東京時代の知人が参加してくれることもあるそうだ。

仕事も、今の時代はインターネットがあればできることが多くある。もちろん東京でなければできない仕事もあるが、都会で暮らすのはしんどいとか、他に住みたい場所が決まっているという人は、好きな場所でできることがきっと何かあるはず。SNSなどを通じて多くの人に聞くことができる今の時代は、その「何か」が以前より見つけやすくなっている、というのが谷脇さんの考えだ。

神山町で働くようになった谷脇さんのもとにも、知人からの問い合わせが多く寄せられるようになったという。ローカルに暮らしながら、場所にとらわれないネットワークを活用したワークスタイルやライフスタイルが、これからますます広がっていくのだろう。

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取材・文/やつづか えり

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