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NPOでセカンドキャリアを歩むという選択(後編) マドレボニータ 野本由美子さん

2014/12/30   更新:2018/11/30

NPO法人マドレボニータで働く三人の女性へのインタビューからNPO法人での働き方やそこにいたるまでの道筋などを知るシリーズ、最後はセミナー講師とマドレボニータ事務局の2つの仕事を持つ野本由美子さんのお話を紹介する。

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Profile

野本 由美子 Nomoto Yumiko

1977年茨城県生まれ。明治大学文学部卒。
日本文化の啓発に関わりたいと、株式会社 日本香堂に入社。10年半、関東近郊の小売店を中心とした営業に従事。お線香という古来からの商材を新しい切り口で現代に伝えて行きたいと尽力する。
2009年妊娠・出産を機に、NPO法人マドレボニータと出会う。翌年からはボランティアスタッフとして運営側に参画。活動する中で、自分にとって「母となって働くこと」はなんなのかを模索。2012年からは会社員から個人事業主としてセミナー講師に転身。コミュニケーションや女性の働き方の講座を開催しながら、自らも自分らしいキャリアを試行錯誤。2013年冬にマドレボニータの事務局スタッフに、と声を掛けられ、現在「二足のわらじ」という働き方に行き着く。

母となって働くことについて話す場があることが嬉しかった

野本さんがマドレボニータと関わるようになったのは、前回の八田さんの話に出てきた「ワーキングマザーサロン」がきっかけだ。第1期が始まった年の9月にちょうど産休に入った野本さんは、池袋で行われたワークショップに参加した。

「その頃は会社員でしたが、妊娠してから、自分が今後どう働きたいかといったことを話せる場がなかなかなくて…。
ワーキングマザーサロンは、母となって働くことについて本音で話せるというのがすごくうれしくて、ハマったんです。
第1期は、産前に2回、産後に2回参加しました。それで、今度はワークショップをやる方になりたいな、と思っていたら第2期のボランティアの募集があったのでエントリーをして、第2期と、その翌々年の第4期で進行役をしました」

さらに昨年の第5期では「進行役と本部をつなぐ役割をしたい」と立候補をして採用され、今年は本部スタッフとして関わっているそうだ。

毎日ハラハラのワーキングマザー生活の中、独立へ

出産後は育休前の部署にフルタイムで復帰した野本さん。慣れている仕事で、時間の融通もききやすいだろうということで、あえて営業職に戻ることを希望したそうだが、子どもがいる生活と仕事の両立はとても大変だったそう。

「子どものオムツをはかせ忘れるなんてことがしょっちゅうで、他にも自転車事故を起こしたり、毎日いっぱいいっぱいで緊張感で張り詰めていました」

それでも仕事は楽しかった。しかし、ワーキングマザーサロンでの対話を経て、野本さんはそれまでとは違う仕事に挑戦したくなったのだという。

「育休中に会社と違う世界を見て、進行役もやったことで、自分自身を見つめることになりました。自分でやってみたいことが見えてきたことと、社内の組織の変化もあって、会社を辞めたほうがいいのかな、と考えるようになったんです」

だが、退職を決断するのは簡単ではなかった。とても迷って、いろいろな人に相談したが、野本さんの思いを話すと、「やってみたら」と言う人が多かったのだそう。

「夫は最初は反対したんです。『そう簡単に辞めるな』と。でも3日後くらいには応援してくれる感じになってました。夫婦は仕事に関してもふたりでバランスをとれればいいから、やってみたら、と」

夫の言葉は大きな後押しとなり、野本さんは新しい道を歩むことを決断した。

事務局スタッフに誘われ、二足のわらじ生活に

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独立し、セミナー講師としての活動をしながら「ワーキングマザーサロン」のファシリテーターもしていた野本さんは、ちょうど1年ほど前、営業の経験を買われてマドレボニータの事務局スタッフに誘われた。

それ以来、個人事業主としての仕事とNPOの事務局の仕事の二足のわらじを履く生活が始まった。マドレボニータの仕事は週に2、3回で、渉外担当として企業とのやり取りをしたり、「ワーキングマザーサロン」の本部スタッフを担当している。ふたつの仕事の切り替えが大変ではないかと思うが、マドレボニータでの経験が個人の仕事の方に役に立つという、相乗効果もあるそうだ。

「母となった女性たちのプラットフォームになるという役割が、個人の仕事にもつながっています。
また、事務局スタッフになる以前のワーキングマザーサロンでワークショップをたくさんやった経験も、個人では得られなかったことですね」

前職と同じ営業的な仕事ではあるが、働き方は大きく異なる。企業を訪問することはあるが、普段の事務局内のコミュニケーションはほとんどがメールやSkype、チャットワークを使った文字か声でのやり取りであることで、以前とは違うスキルが要求されていると感じるという。

「会社員時代は、人の間に立って調整する役割が多かったんです。百貨店のバイヤーさんと売り場の方の間に入るとか、部内の若い人がブレストしたものと、マネジメント層が打ち出す方向性をすりあわせて整理したりとか…。
そういうときは、現場で『その場の空気を読む係』みたいな感じで、人の表情や話をしている様子をみながら上手く調整する、そういうスキルを自分は養ってきたんだな、と今になって気づきました。
今は相手がその場にいないことが多いので、声の様子や文章から気持ちや状況を読み取るような能力を付けていけるといいな、と思っています」

仕事やお金の価値観の変化を夫婦で共有していきたい

会社をやめる際に夫に、会社員時代と同水準以上の収入を得られるようにがんばると「口約束」をしたという野本さん。3年経って、まだ満足のいく収入にまで達していないということだが、ただ稼ぐということが必ずしも良いことではないと考えるようになったそうだ。

「NPOには独自の手弁当文化があって、無償だけどやる、ということもあります。会社だったら休日手当が出るはずとか、そういう普通の企業の頭でいるとギャップがあります。
でも、稼げていたからそのまま会社勤めを続けていたら良かったかというとそうではなくて…。以前から私のことを知っている友だちから、最近の私は表情が柔らかくなったと言われたんです。会社員時代の私は、結構怖い顔をしていたらしいんですね。あのままのペースでやっていたら、子どもにしわ寄せがいったり、怖いことになっていたかもしれないと思います。
会社を辞めて今の働き方になったことで、それまでは得られなかった経験や子どもとの豊かな時間、たくさんの出会いなど、お金だけじゃない色々な価値が得られているので、それを夫とも共有していかなければ、と考えているところです」

お金に対する感覚について、夫婦ともに会社員時代の癖が抜け切れていないという野本さん。

「まだまだ走れるつもりで運動会でアキレス腱を切ってしまうお父さんのように(笑)、毎月お給料が振り込まれるという感覚ではやっていけなくなってしまいます。
だからと言って前と同じようにフルタイムで働いて収入を増やすというのではなく、『こうありたい』というライフスタイルからどう働いたらいいか、ということを考えるという方に、夫婦で意識改革をしていきたいと思います」

NPOの働く環境を良くしていきたい

野本由美子さん

野本さんに今後やってみたいことを聞くと、「実は、今やっている営業とは別のこともしたいと思っている」という話をしてくれた。

「人事など、組織のしくみを整えたりすることをやりたいと思っていて…。やりたいことを(関係者に)伝えつつ、そのスキルを磨いていきたいですね。
NPOは働く環境がまだまだ整備されていないというところが多いので、そこを良くしていきたいです」

働きやすい職場であるために何が必要か? すでに色々なしくみや制度が備わった組織で働いていると、そういうことをあまり意識することはないかもしれない。しかし、まだこれからという組織では、組織の成長やそこで働く人達の変化の中で、次々に必要なことが見えてくるだろう。実際、マドレボニータでは昨年度から育休制度を導入し、今も二名のスタッフが育休中だ。

以前の職場はとても安定しているところも魅力だったという野本さんにとって、新しい職場のまだ完成されていない感じはかなりギャップがあるのかもしれない。でも、自分たちの手で新しい環境を作り上げていけるということを、とてもやりがいのあることと捉えていることが伺えた。

いきなり就職する前に、少しずつ関われるチャンスがあるのがNPO

八田さんと野本さん

北澤さん、八田さん、野本さんの話を振り返ると、マドレボニータのスタッフとして活き活きと働いていくには、まだ未整備なことも多い組織の中で、自らの手で組織を成長させていくことにやりがいを見出していけるかどうかがポイントになりそうだ。一般的な企業に比べれば組織として発展途上の部分が多いNPOで働くには、これはとても必要な要素だろう。

また、NPOで働くという選択がどういう価値観に基づくものなのか、家族や周囲の人々の理解を得ることの重要性も伝わってきた。

それから、三人とも最初はマドレボニータが提供しているサービスの受益者として関わったことをきっかけに組織の理念に共感し、ボランティアスタッフを経て正職員になっている。長い時間をかけて少しずつ、組織の中に入り込んでいっているのだ。これは、マドレボニータがオープンに人材募集をするのではなく、関わりを持った人たちの中からスタッフに向いていそうな人をスカウトするという形をとっていることが大きいが、それはとても理にかなったやり方だと感じた。

NPOの仕事と通常の営利企業の仕事を収入という面だけで比較すると、一般的には営利企業に勤めた方が良いということになる。その分、NPOで働くという判断をするには、その団体が社会に与えるインパクトや、そこで自分が果たす役割、得られる経験、子育てなど仕事以外の時間の使い方への影響など、総合的な観点で、より幸せに働き、暮らすことができるかという判断が必要になる。組織の外から得られる情報だけでは、そのような判断をするのはなかなか難しく、書類選考と何度かの面接だけでNPOへの就職を決めるというのはリスクが高いように思える。

しかし、マドレボニータと同様、多くのNPOではボランティアという形で関わるチャンスが開かれている。まずはお手伝いをしてみて、仕事の内容だけでなく、組織の文化やそこで働いている人たちのライフスタイルなども知った上で、果たして自分に合うかどうかを考えてみることができるのだ。これは普通の企業にはなかなかない、NPOという組織の利点だと思う。NPOで働くことを考えている方は、まずはボランティアなどで関わりをもち、その組織の内側を少しずつ知るところから始めてみると良いのではないだろうか。

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NPOでセカンドキャリアを歩むという選択(前編) マドレボニータ 北澤ちさとさん
NPOでセカンドキャリアを歩むという選択(中編) マドレボニータ 八田吏さん

関連情報
NPO法人マドレボニータ

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取材・文・撮影/やつづか えり

 

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