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縁の下から表舞台まで、「情シス」の常識を変える社内起業家の働き方

2014/10/27   更新:2018/11/30

長谷川秀樹さん

Profile

長谷川 秀樹 Hasegawa Hideki

1994年、アクセンチュア株式会社に入社後、国内外の小売業の業務改革、コスト削減、マーケティング支援などに従事。2008年、株式会社東急ハンズに入社後、情報システム部門、物流部門、通販事業、オムニチャネル推進の責任者として改革を実施。デジタルマーケティング領域では、ツイッター、フェイスブック、コレカモネットなどソーシャルメディアを推進。2013年、ハンズラボ株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任。

“軟式”Twitterの中の人は情シス部門だった

日本でTwitterがブームの兆しを見せた2010年頃、多くの企業が公式Twitterアカウントを開設した。その中でもいくつかの企業は、公式アカウントらしからぬゆるい投稿内容や一般の人との気さくなやり取りが親しみを呼び、「軟式企業」などと呼ばれて人気を得た。東急ハンズのTwitterアカウントもそのひとつで、お店の商品や自社のロゴをネタにしたボケやツッコミ、他の企業アカウントとのからみ合いなど、私達を楽しませてくれるつぶやきをたくさん繰り出している。

当時、東急ハンズでは、その公式アカウントの運用を情報システム部門が行っていたと聞いて、驚いた。一般的には、Twitterは消費者とのコミュニケーションを担うものということで、マーケティングや広報の部門で担当することが多く、縁の下の力持ち的な情報システム部門が運用しているという例は珍しいからだ。

そのTwitterの仕掛け人でもあるのが、東急ハンズのIT部門のトップである長谷川秀樹(ハセガワ ヒデキ)さん。これ以外にも、一般的にイメージされる「情シス部門」の役割を超えて活躍の幅を広げ、昨年には「ハンズラボ」という子会社も設立している。その「社内起業家」的な働き方の成功のポイントについて、お話を伺った。

実は難しい、中途入社者による社内改革

長谷川さんが東急ハンズに入社したのは2008年。その当時、会社は経営改革のただ中にあった。

その一貫で進められていたのが商品の仕入れ方法の変更。以前の東急ハンズは、仕入れる商品を店舗ごとに売り場スタッフが決めていた。それにより各店舗の独自色が打ち出され、店舗間の競争が促されるという利点があったが、時代の流れの中で非効率な面が目立つようになり、本部で一括して仕入れを行うことになったのだ。この業務プロセスの大きな変更のために情報システムも刷新する必要があったが、そのプロジェクトがうまくいかずストップしてしまっていた。

長谷川さんは、この状況を打開し、新システムの導入を成功させるために、システムのプロとして呼ばれたのだ。

今までのやり方を変えなければ、という危機感がある会社が、変革を担う人材を外から迎え入れるケースはよくある。しかし、期待されながらの入社であっても、思い描いていたような活躍ができる中途入社者は少ないようだ。

長谷川さんに東急ハンズの仕事を紹介した転職エージェントでは、同時期に転職をした人たちが、1か月後、3ヶ月後、1年後と、定期的に集まって振り返りをする会があった。その会で、長谷川さんと同時期に転職した多くの人が、その後の状況を「想定と違う」と感じていたそうだ。変革を期待されて入社したが、いざ働き始めてみると「やり過ぎ」と言われたりして、思っていたようには動けないという状況に陥ってしまっていたのだという。そんな中で唯一、長谷川さんだけが転職後の状況を「最高です」と言っていた。

実際に、長谷川さんは会社から期待されていたとおり、止まっていたシステム開発を再開させて導入までもっていくことができたのだが、そこには大きな2つのポイントがあった。

ひとつは、冷静に状況を見極め、それを関係者にも分かりやすく伝えること。もうひとつは、社内の人間関係づくりだ。

状況を見極め、もつれを解きほぐす

長谷川さんの入社当時、「プロジェクトがうまくいかないのはシステムの機能が悪いせいだ」と考えられていた。でも、長谷川さんはそれを鵜呑みにするのではなく、自分の目で確かめてみた。すると、必ずしも機能が悪いわけではなく、それをそのまま展開したほうがうまくいくだろうと感じられたという。

ではなぜ上手く行かないのか。それは仕入れを本部に統合するという変更にあたって、本部と各店舗の役割分担が明確になっていない部分があることが理由だった。「システムが悪い」というのは、その状況を曖昧にした状態での言い訳になってしまっていたのだ。

そこで長谷川さんがとった対策は、関係者が状況を理解し、お互いの目線を揃えるための場を用意することだった。

「機能は悪くないと言っても、みんな何か不満を持っているから上手くいっていなかったわけで、その不満を解消する必要があったのです。
そこで、毎週定期的に営業系の部長を集め、業務改善打ち合わせをやりました。
例えば商品の改廃とか、発注方法とか、売上管理とか、色々テーマがあるんですけども、テーマ別に業務フローを描いて、本社と店舗の役割を整理しました。
それ以前は、本部で一括してやると言いながらも、まだ右往左往していて、それぞれの部門の思いが揃っていない状態で、システムが対応している、していないという話になってしまっていたんですね。会議では『これが我々が考える新しい業務の形で、システムはそれに沿った形で作るんだから問題ないよね』ということを確認していったんです。」

そうやってもつれた状態を解きほぐし、みんなが納得しやすいプロセスを経ることで、プロジェクトを進めやすい状況を作ったのだ。

interview1

地道なコミュニケーションが仕事を助ける

また、長谷川さんは社内の関係者との関係づくりに、非常に力を入れた。

長谷川さんが入社した当時、情報システム部門には長谷川さんより年下の部下はひとりしかおらず、みんな40歳以上のベテランだった。急にやってきた年下の部下に対して、メンバーの態度は様々だったという。

「システムの導入が一時凍結になってみんな困っていたので、わらにでもすがるような思いで、よそから誰か来てうまく行くんだったらそれでいい、という人がほとんどだったと思います。でも、中には『自分より若いやつが外から急にやってきて部長だなんて、とんでもない』と反発してくる人もいましたよ」

反発する人は、話しかけても目も合わさないという状況だったそうだが、そんな人も含めて、長谷川さんは毎日必ず全員と言葉を交わすことを日課にしていた。

また、入社して2年間は、他部門の人も含め、仕事で関係しそうな人と毎日飲みに行ったのだという。

「超日本人的なやり方ですね。僕は外資系の会社にいたのでそんなノリはなかったんですけども、冗談抜きで毎日、相手を変えて飲みに行きました。どうして2年でやめたかというと、あるとき気づいたら貯金がなくなっていて、物理的に無理になってしまって…」

システムや業務の改善のために「こういう風に変えていきましょう」と言っても、長谷川さんに抵抗する人は、できない理由を並べて動いてくれなかった。それでも、会議や飲み会の場で何度も繰り返して伝える。そして5回から10回繰り返してようやく、「そんなに言うんなら…」としぶしぶながらも動いてくれるようになったのだそうだ。

「嬉しかったのは、入社して3ヶ月から半年くらいの時、飲み会の席で、『そういえば専務が、情シスがちょっと明るくなったねって言ってたよ』と言ったら、いつも反発してた人が『それは長谷川さんが来てくれたからですよ』って、そっぽ向きながらも言ってくれて…。雪解けの瞬間ですよね。もう、どわーっと涙が出ましたね(笑)」

interview2

長谷川さんは、仕事で関わりのある他部署の部長のところへも、毎日顔を出すようにしていたという。

「企業がV字回復するときのポイントは、日産がやったような『クロスファンクショナルチーム』、あれに尽きるんですよ。うまくいかないのはたいてい、部署最適になっていて会社全体として歯車が合っていないからなんですね。
だから歯車が合うように他の部署にいろいろ頼みに行かなければいけないんだけど、基本的にみんな、背負いたくないし変えたくないんです。そんな中、動いてくれるかどうか、企画の良し悪しで判断されるのは多分30%くらいで、70%くらいは頼んできた奴のことが好きかどうかで決まるんですよ。

行った時に『長谷川ちゃん、どうしたの? どれどれ?』と聞いてくれるか、一応顔と名前は知ってるけど『長谷川さん、どうしたんですか?』という雰囲気の場合とでは、無理してでもやろうとしてくれるかどうかが違うんですよね。やっぱり、頼んできた人のために一肌脱いでやろうと思うかどうかで…。
だから、関連する部長のところには毎日行って、『最近どうですか』みたいなことをしゃべったりしてましたね」

このように地道な努力を重ね、関係者の協力を得て行った長谷川さんだが、先輩からは「それは長谷川が頑張ったからじゃない。受け入れてくれた上司や同僚、部下が偉かったんだ。勘違いするな」と釘を刺されたのだそう。

「確かに、良き上司に恵まれたのだと思います。今の社長(当時の専務)は、良いタイミングで自分のことを後押ししてくれました。
それから、うちの会社の社風として、店舗の現場で働くのが好きな人が多いということもありますね。人の手柄に嫉妬したり、足を引っ張ろうとしたり、なんていうドロドロとした話が、全然ない会社であることが良かったです」

冒頭に挙げたTwitterに関しても、会社によってはマーケティングや広報の領域を侵害した、と他部署からのクレームを引き起こす可能性もある。だが東急ハンズの場合は、長谷川さんが「面白そうだから」と情報システム部門で始めた方のアカウントについて、実は別の公式アカウントを運用していた広報部門も「盛り上がってるし、いいか」と認めていたそうだ。

外から来た人間が力を発揮するためには、本人と受け入れる組織と、それぞれの姿勢がうまく噛み合う必要があるのだということを感じさせられる話だった。

今いるメンバーで成果を出す

もうひとつ、長谷川さんが良いチームワークを築くために大事にしたこととして、自部門に社外から人を入れることをしない、ということがあった。

管理職レベルの人が中途入社する場合、前の会社で一緒に働いていた部下を連れて来るなど、社外から人員を補強することがよくある。長谷川さんも、入社時に会社側から「必要な人員を採用するからリクエストを出してくれ」と言われていたそうだ。

「僕は、外から人を採用するのは絶対しないと決めていました。
以前にコンサルをやっていた時、上手く行っていない組織に入っていって、そこの社長に『どうだね?』と聞かれて、『めちゃくちゃですね』なんて答えて、それを改善するために外から人を入れるんだけどうまくいかない、というのを見てきましたから。
僕は、東急ハンズに入った時、情シス部門について『どうだ』と聞かれても『ダメだ』とは言いませんでした。部署間の歯車がうまくいっていなかっただけで、情シスが悪いわけではなかったんですよ。だから『普通だと思います。歯車が合っていないと思うので、そこを調整します』と言ったんです。
会社組織というのは、中にいる人間がみんなで同じ方向を向いている時にうまくいくんです。今の組織がダメだからと中途採用をすると、元いた人たちと新しく来た人たちとで組織が分断されてしまう。そうなったら最後です。だから今いるメンバーでやろうと決めていました」

しかし、長谷川さんが入社した当時と今とでは、情報システム担当のメンバーは倍以上に増えている。どうやって人員を確保してきたのかというと、店舗で働いていた社員を異動させたのだという。しかも、情報システムに関しては全くの素人であった元店舗スタッフの社員達にプログラミングを学ばせ、以前は外注していたシステム開発を社内の人員で賄う「内製化」を押し進めた。

突拍子もない話に聞こえるが、それによって外注をやめてコストの削減ができた上、元販売員という、誰よりも現場の業務を理解しているメンバーがシステムを開発することによる効率アップなど、明確な成果につながったそうだ。

与えられた役割を超え、仕事を広げる

長谷川さんが東急ハンズに入社するとき、新しい業務フローに応じた新システムの導入というミッションは1年半くらいで終えてしまうだろう、と予想していたそうだ。「その後はどうするんだろう」と若干不安に思いつつも入社を決めたという長谷川さんだが、「内製化」によるコスト削減にしろ、Twitterの運用にしろ、上から命じられたことではないことを実行し、どんどん仕事の幅を広げていった結果、昨年は「ハンズラボ」という子会社の設立に至っている。

「ハンズラボ」は、東急ハンズのような「小売業」向けのシステムの構築を、東急ハンズ以外のお客さんに対して請け負う会社だ。最初は東急ハンズの一事業部としてやろうとしたところ、営業に行った複数のお客さんから、「基幹システムの構築を小売業である東急ハンズに委託するのはちょっとね……」と言われ、別会社にすることになったそうだ。

この事業を提案したのは、長谷川さんだ。最近では情報システム部門の他に通販事業も担当していた長谷川さんだが、他にも手がけてみたいことが色々あったのだという。

「海外事業、新規事業、業務改革…、色々やりたいことを言っていたんだけど、『やりたいこと全部やらせていたらお前の会社になっちゃう』と言われてとりあってもらえなかったんです。
それで、情報システム部門ではコストダウン、通販では売上げアップを果たしたので、次はITで外から稼いでくることをすればいいのでは、と考えたんです」

情報システム部門は会社の縁の下の力持ちで、なくてはならないもの。それも大事だが、「売上も上げられればめちゃめちゃいい。利益を出すことにはやりがいを感じられる」と長谷川さん。

会社の経営に関わる様々なことをやってみたい、売上を上げたいという意思があるなら、独立という手もあるのではないか? そう聞いてみると、長谷川さんからは、
「今の自分があるのはハンズのおかげという恩義があります。それに今は、やりたいことがあって、それをやっていいよと言われているので、辞める必要はないです」
という答えが返ってきた。

もちろん、会社で自分のやりたいことをやるためには経営陣を説得する必要があるのだが、長谷川さんにはそのための秘策があった。

情報システム部門は内製化を進めることで毎年コストダウンを実現していたのだが、それに加えて効率化などで人的リソースも充分に確保できていた。そのため、外販事業を始めることになった時にすぐに他社向けのシステムを開発する人員を確保できた。経営陣には、新しい事業を始めるための追加の予算は一切不要であることを説明し、OKをもらったのだそうだ。

長谷川さんの場合、初めからシステムの外販や子会社設立という目標があったわけではない。でも、従来の情報システム部門の役割だけにとどまらず、もっと面白いことに手を出していこう、そのためにはITの重要な要素であるエンジニアの強化を日頃からしておこう、そう考えて準備しておくことで、新しい「ネタ」を見つけた時に素早く形にできたのだ。

社内のリソースをとてもうまく使った、「社内起業」の好例ではないだろうか。

仕事の幅を広げ、とても充実しているように見える長谷川さんに、部下にも挑戦することを期待しているかと尋ねたら、「どんどんやって欲しい」という答えが返ってきた。

「スポーツもそうですけど、ビジネスマンは、経験の数だけ強くなっていくんですよ。場数をどんどん踏んで、その中で成功も失敗もして、その延長線上にスキルの蓄積があるので、高回転でやっていくことが重要です」

一般的には、情報システム部門というのは裏方仕事で、それほど挑戦のチャンスがあるようには感じられない。しかし長谷川さんからすれば、現場の近くにいればシステムに対するニーズは次々とあふれるほど出てくるので、それに応えていくだけでもフル回転状態になるはずだという。そこで、単に言われた通りにシステムを開発するのではなく、業務の改革にまで踏み込んで提案してみる、そんな働き方ができれば、情シスだってかなり手応えを感じられ、ビジネスマンとしての成長にもつながるだろう。その積み重ねと、今の役割意識にとらわれず「面白そう」と感じることに果敢にチャレンジする姿勢が、長谷川さんのような社内起業家への道につながるのかもしれない。

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取材・文/やつづか えり 撮影/羽渕 彰博

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