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ITエンジニアの成長を促す在宅勤務という働き方

2014/09/25   更新:2018/11/30

仕事場は、祖父が暮らす家

ITエンジニアの荻野浩史(オギノ ヒロシ)さんの職場は、愛媛県八幡浜市にある。松山から南西へ車で1時間ほどの港町だ。
教えてもらった住所を訪ねると、そこは元はクリーニング店だったという古い民家だった。荻野さんが幼少期から暮らしていた家で、今は荻野さんのおじいさんが一人で暮らしている。荻野さんはこの家の一角にデスクを置き、隣町の自宅から車で通って仕事をしているのだ。「自宅=仕事場」という普通の在宅勤務とは異なるが、自宅からそれほど遠くない身内の家で仕事をしているということで、広い意味での在宅勤務と言っても良いだろう。

荻野さんの仕事場の入り口

荻野さんの仕事場の入り口

荻野浩史

Profile

荻野 浩史 Ogino Hiroshi

愛媛県八幡浜市生まれ。愛媛大学工学部卒。
学生時代はラグビーに熱中し、ソフトウェアとは無縁の生活を送る。
卒業後に独立系の SIer へ入社し、エンジニア人生をスタート。
2013年に株式会社ハートレイルズにジョインし、同時に愛媛でのリモートワークを開始する。
クラウドの恩恵を受けながら日々 900㎞ の距離を越えてシステム開発に従事している。
四国初の Ruby コミュニティ「ゆるふわ.rb」の Founder。
Blog: ITエンジニアとして生きる
コミュニティ: ゆるふわ.rb

荻野さんがこのような働き方を始めたのは、昨年7月のこと。それまではシステム開発会社への就職と同時に上京して東京で働いた後、転勤により愛知県で働いていた。

愛媛にUターンすることを決めた一番の理由は、おじいさんの近くにいたかったからだという。

生まれて半年後にお母さんを亡くした荻野さんは、お父さんがクリーニング店の仕事をしている間、おじいさんが家事や荻野さんの相手をしてくれた。おじいちゃん子として育った荻野さんは、一人暮らしをしているおじいさんが心配だったのだ。

「祖父のところには週2回ヘルパーさんが来て、買い物だけ頼んでいます。今はなんとか生活していけるけれども、近くにいて助けがあったほうがいいだろうと思って、それで帰ろうかなと…」

おじいさんのところで仕事をするようになって、銀行や買い物などのちょっとした用事や月に1回の通院に付き添うほか、電話がかかってきたときは耳が遠いおじいさんの代わりに用件を聞いてあげるなど、日常のちょっとしたサポートができるようになった。

「何かしてあげられるのは今しかないので、すごくいいと思う」と、荻野さん自身満足しているし、おじいさんも孫がそばにいてくれることがとても嬉しそうだった。

「仕事を捨てて帰るのか?」と言われたが…

八幡浜市の港の風景

八幡浜市の港の風景

愛媛に戻ることを決めた荻野さんは、インターネットで在宅勤務ができる転職先を探した。

都会から地方にIターンまたはUターンするとなると、地元の企業に就職したり就農したりして、それまで経験してきたものとは異なる職業に就くケースも多い。荻野さんも、前の会社の上司には「仕事を捨てて帰るのか?それでおじいさんは喜ぶのか?」と聞かれたそうだ。だが、荻野さんはITエンジニアのキャリアを捨てるつもりはなかった。

奥さんには「ちゃんと生活出来るようにするから、キャリアを積んでいける仕事を探すから、愛媛に帰りたい」と言って納得してもらっていた。地元の企業に就職するとなるとこれまでの経験が活かせる職はなく、収入も下がってしまう。だから、在宅勤務が可能なIT系の会社を探したのだ。

最近、特にIT系の会社では「在宅勤務も可」とする会社も増えている。しかしその多くは、基本は出勤する前提で週に何度かは在宅でも可、というようなことだったりする。ずっと在宅、しかも打ち合わせにも容易には行けない遠距離での勤務を認めているケースはまだまだ少ない。

だから、荻野さんが現在の勤務先であるハートレイルズの求人を見つけたとき、募集要項に「勤務地:自由(在宅勤務可)」と掲げられてはいるものの、神奈川と愛媛では遠すぎて断られるのではないかと思ったそうだ。

「転職活動を初めて一番初めに応募したのがハートレイルズでしたが、書類で落ちると思ってたんですよ。愛媛で働きたいという人を神奈川の会社がわざわざ採用する理由がないな、と思って…。
でも、10営業日以内に結果を連絡すると言われていたその10営業日目に、面接に進めるという連絡がきました。
ブログをやっているということも書いていて、今思えば、それが良かったのかなと思います」

ハートレイルズのスタッフの応募資格には「ブログがあること (必須)」と書かれている。実は荻野さんはそれを見落としていたそうだが、たまたま自己アピールのつもりでブログのことを書類に書いていた。ITの技術的なことなどを備忘録的に書きためていたもので、勉強してそれをアウトプットしているという姿勢が評価されたのかもしれないという。

面接はSkypeなどで行ってもいいと言われたが、「直接会いに行っていいですか?」と聞いて、神奈川まで面接を受けに行くことにした。そしてそのときも、エンジニアとしてのやる気とスキルをアピールした。

ひとつは、面接までの2週間ほどでハートレイルズが業務で使用しているRubyというプロラミング言語を勉強して自作のプログラムを作ったこと。面接の時に実際に動かして見てもらったそうだ。

もうひとつは、近々愛媛で行われる技術者向けイベントで登壇予定であることを伝えた。愛媛に帰ることを考え始めた時から、愛知県に在住しながら積極的に四国の技術者コミュニティにつながりを作ったことで実現したことだそうだ。

それでも、距離が採用のネックになるのではないかと心配していた荻野さんだったが、面接では「愛媛でも全然問題ない」と言われたそうだ。熱意が通じたのか、荻野さんはめでたく採用され、ハートレイルズの社員として愛媛での在宅勤務が始まったのだった。

在宅勤務でのコミュニケーションのコツ

採用にあたって「愛媛でも全然問題ない」と言われたのは、ハートレイルズではすでに多くのエンジニアが在宅勤務をしており、顔を合わせなくても仕事ができているという状況だったからだろう。

去年の7月に入社した荻野さんは、事務所に出向いて入社のあいさつをするということもなく、おじいさんの家に自分で用意した仕事場での勤務がいきなり始まった。やるべき仕事は割り振られていたので何をすればいいか分からないということはなかったものの、最初は「なんだかフワフワした感じ」がしたという。

しかし今では、その働き方にすっかり慣れたようだ。普段は8時半頃に仕事場に到着し、9時から業務を開始。あまり遅くまでいるとおじいさんが心配するそうで、早ければ17時頃にいったん切り上げ、自宅に戻ってから続きをすることが多いという。

入り口を入ってすぐ、荻野さんが朝から夕方まで過ごす仕事場がある。

入り口を入ってすぐ、荻野さんが朝から夕方まで過ごす仕事場がある。

同僚とのコミュニケーションには、Googleハングアウトや、HipChatという企業向けのチャットツールを使っている。ハングアウトを使って週に1度、開発の進捗報告会と勉強会を交互に行っているほか、「雑談部屋」というグループでいつでも雑談や技術的な情報交換ができるのだそうだ。

始めのうち、荻野さんは距離が離れていても同じ場所にいるのと同様に頻繁にコミュニケーションを取ることが大事だと考え、こういったツールを使ってコミュニケーションの回数を多くとろうとしていたという。しかし、やってみるとそれではうまくいかないことがわかった。文字ベースのコミュニケーションだと意図が伝わらないことも多く、回数を重ねれば重ねるほど意識や理解がズレていくような感覚を持ったそうだ。そして、回数よりも質を高める方向へとシフトしたのだという。

そのために荻野さんがとったのは、「成果物ベースでコミュニケーションする」というやり方だ。

荻野さんのようなエンジニアにとって、成果物とは出来上がったプログラムや、そのプログラムの検証結果だ。それらのものがない状態でやり取りしても、議論が具体的にならなかったり誤解が生じたりしてうまくいかない。だからプログラムや検証結果というアウトプットを提出し、それを元にフィードバックをもらうことを意識した。

その場合、毎回のアウトプットを出すのに時間がかかりすぎてしまうと、コミュニケーションの頻度が落ちてしまってうまくいかないだろう。成果物をベースに適度な頻度でコミュニケーションを取れるようにするには、次々と成果物を生み出していけるスピードが重要になる。また、ひとつの大きなプロジェクトの中でも、小さな成果をこまめに見せていくような段取り力も、必要になるだろう。

荻野さんは、このような在宅勤務者ならではの仕事の仕方を身につけながら、結果としてエンジニアとしてのスキルを伸ばすこともできたようだ。

在宅勤務はエンジニアが伸びる働き方

 

荻野さんに在宅勤務の利点を聞いてみると、家族のそばにいられるということの他に、「エンジニアとして自分を伸ばすために良い働き方だと思う」という答えが返ってきた。

「みんなが同じ場所で働いていると、話しかけられて集中が遮られることが多いですが、チャットだと自分が都合の良い時に確認すれば良いので、集中して仕事ができます。
また、遠隔で働いていると気軽に飲みに行ったり深い議論をしたりということもできないので、そういうことを通して自分をアピールすることはできません。いい仕事をすることでしか(期待や要請に)応えられないんです。いい仕事をするためには、自分の仕事の質に向き合って磨いていくことが絶対条件になるので、結果として自分を伸ばすことが出来る働き方だと思っています」

余計なことに煩わされず、純粋に成果で勝負するという状況に、荻野さんはとてもやりがいを感じているようだ。

在宅勤務に向いているのはビジネスマンとして振る舞えるプロフェッショナル

在宅でシステム開発をしているITエンジニアというと、プログラミングのスキルに特化したスペシャリストのようなイメージを抱いてしまうが、荻野さんによれば、プログラムを書けるだけでなくビジネスの領域も分かる人が在宅勤務に向いているのだという。

「プログラムが書けるだけだと、仕事を振ってくれる人が必要なので(仕事の進め方に)自分の裁量が持てません。自分で完結できないと在宅で仕事はやりにくいので、プログラムも書けてビジネスマンとして振る舞える人であれば在宅勤務はおすすめです」

プログラミングのような仕事は、人によってその速さや質が大きく異なってくるものだ。それゆえ、一定のアウトプットを出すのにどのくらいの作業時間を費やしているのかが見えづらい在宅勤務者に、上司が適度な量の仕事を割り振るというスタイルは難しいのかもしれない。エンジニア自身がお客さんのニーズを聞き、どのくらいのコスト(時間)をかけてどのように解決するかを自ら提案するような「ビジネスマン型」の仕事の仕方ができれば、在宅勤務のエンジニアとしての価値が出しやすいということなのだろう。

荻野さんの会社の場合、プロジェクトによってエンジニアがお客さんと直接オンラインでやり取りをして開発を進めるケースと、担当者がお客さんのところに出向いて窓口役となり、エンジニアに要件を伝えるケースとがある。

荻野さんはどちらの進め方も経験しているが、やはりお客さんと直接に遠隔でやり取りをしながら仕事を進めていくのは難しいところもあるという。例えば一度も会ったことがなく互いがうかがい知れない状態だと、文字ベースのやり取りで誤解が生じやすいといったことがある。

それでも荻野さんは、お客さんと遠隔でやり取りしながら進めるスタイルが無理だとは考えていない。例えば、どんな言い回しや言葉を使えば伝わりやすいかは、個々のお客さんの性格やスキルセットによって異なる。それを日々のやり取りを通して把握していくことで、以前より円滑にコミュニケーションできるようになっているという。最初は苦労しても、一緒に仕事をするうちに相手を理解し、相手からの信頼を得ていくことで、遠隔でもスムーズに進められるようになる。荻野さんはその変化にやりがいを見出しているように見えた。

仕事をするもしないも自分次第の在宅勤務だが、荻野さんの話を聞いていると、家族の一員としての役割も果たしつつ、真剣に仕事に向き合いレベルアップをしていきたいと考えるITエンジニアにはぴったりの働き方ではないかと感じられた。

荻野さんはブログや勉強会などで、自身の働き方について積極的に情報発信している。それによって勇気づけられ、住んでいる場所や家族の状況に関わらず自分のキャリアの可能性を追求しようと考えるITエンジニアたちが少なからずいるはずだ。また企業や地域にとっても、人材獲得、ワークライフバランスの実現、育児や介護の問題、地方の活性化など、様々な課題を解決するヒントが見つけられるのではないだろうか。

今冬にはお子さんが生まれるという荻野さんの、今後の働き方の変化も楽しみだ。

 

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取材・文/やつづか えり 撮影/八塚 裕太郎

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