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田舎暮らしに海外放浪…。会社員でも自由なワークスタイルを選択できる理由

2014/09/19   更新:2018/12/12

本橋大輔さん

Profile

本橋 大輔 Motohashi Daisuke

株式会社ダンクソフト勤務。
1977年生まれ、埼玉県出身。
群馬工業高等専門学校専攻科環境工学専攻卒、北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科修了。
2002年より株式会社ジャストシステムに勤務。知的財産管理を行っていたが子供の頃からの趣味だったプログラミングを仕事にしようとひらめいて退職。後に徳島県神山町のサテライトオフィス事業を知り、株式会社ダンクソフトに転職して2013年から神山に移住。
現在はKinectやOculus Riftなど新しいデバイスを活用したオフィスシステムの研究開発を行っている。
肩書は「神山ブリッジ キャプテン」。スタートレックになぞらえました。

神山町で新しい働き方を体現

前回前々回に続き、徳島県神山町で働く方を紹介したい。東京に本社がある株式会社ダンクソフトの本橋大輔(モトハシ ダイスケ)さんだ。

これまで紹介してきた「えんがわオフィス」や美波町のサイファー・テック株式会社のサテライトオフィスのケースと異なり、普段神山町にいる社員は本橋さんだけだ。同僚と離れて一人で仕事をしているというと在宅勤務かな?と思われるかもしれないが、そうではない。本橋さんの住まいは3人でシェアをしているという神山町の民家で、そこからコワーキングスペース「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」に通勤しているのだ。

本橋さんの仕事スペース

写真の右奥が本橋さんの仕事場。かなり広々としていて一人分のスペースがゆったりしている。我々の訪問時は他の利用者も少なく、とても静かな環境だった。東京のコワーキングスペースだと、人口密度が高くてがやがやしていることも多いので、ずいぶん違った雰囲気である。

プログラマーである本橋さんは、ここで会社の新規分野開拓のための研究開発を担当している。最近は、KinectやLeap Motion(どちらもマウスやゲームコントローラーの代わりに体を使ったジェスチャーでパソコンやゲームを操作するための装置)を使ったシステムを開発しているそうだ。

本橋さんのもう一つの仕事が、会社の「広告塔」的な役割だ。株式会社ダンクソフトは「新しい働き方インテグレーター」を標榜し、自宅やサテライトオフィスからの遠隔ワークを可能にするシステムを提案している。神山町という東京から遠く離れた田舎で働く本橋さんの存在が、その実例を示しているというわけだ。

生活の場、働く場としての神山町の魅力

埼玉県出身の本橋さんは、前職の株式会社ジャストシステムへの入社以来、徳島市内で暮らしていた。神山町で暮らし、働くことになったのは、ダンクソフトの「サテライトオフィス実証実験」がきっかけだった。2011年3月の震災後、ダンクソフトは東京にリソースを集中させていることによるリスクを回避する手立てとして、神山町でサテライトオフィスの実証実験を行ったのだ。

実証実験は、2011年9月から翌年3月にかけて3回、神山町にある大きな古民家に社員が数名ずつ滞在し、一定期間仕事をしてみるという形で行われた。この実験により、サテライトオフィスに必要な設備やコスト、いつもとは全くことなる自然豊かな環境で働くことで感じられる充実感など、様々なことがわかったという。

ちょうどこの頃ダンクソフトに入社し、徳島市内のオフィスで働いていた本橋さんは、実証実験に関わって神山町を何度も訪れるうちに神山町に魅力を感じるようになったそうだ。ちょうどコワーキングスペースができたこともあり、会社にかけあって神山町で勤務することを認めてもらったのだという。

そんな本橋さんに神山町の魅力を聞いてみた。

そのひとつは、町内の人間関係にあるという。神山町にオフィスがある会社の社員同士の交流が密で、催し物がかなり頻繁にあるのだそうだ。

「『カフェ オニヴァ』というレストランがあるんですけど、お客さんが来た時にはそのお店でワイワイやろうという会がよく開かれます。そのときに(他の会社の人も)呼び合ってみんなで混ざって飲んだり…。それ以外にも町のイベントだとかNPOグリーンバレーやサテライトオフィスを開設している会社が企画するイベントがあったりして、多い時は週に3,4回何かがあって、しばらく家で晩飯食ってないな、ということもあったりします(笑)」

また、サテライトオフィスで仕事をする人同士にかぎらず、例えばバックパッカーとして世界中を回ってきたフランス料理店の店主など、普通だとなかなか知り合えないような人たちと仲良くなれるのが楽しいと本橋さんは言う。神山町という場所が魅力的で面白い人たちを引きつけるようだ。

そしてもうひとつの魅力は、自然が豊かでゆったりとした田舎の環境だ。

「自転車に乗るのが好きなので、あまり車が通らないのがいいです。徳島市内にいたときは、車が多いところを抜けて、山の方に走りに行ってました。こっちだったら、すぐにいきなり山の中に入って行けるというのが、ここに住むことを選んだ理由のひとつですね。
自転車以外では、トレイルランニングも楽しめます。車で通勤するにしても混んでなくて、途中に信号が2つしかないから、快適です。自転車通勤なら旧道を走れるので、信号がひとつもなく来れてしまうんですよ(笑)
それと、食べ物、特に野菜がとんでもなく旨いです! 流通に乗っている野菜じゃなくて地元の人が採ってくれる野菜とか、『道の駅』で買うにしても、朝採ったものがそのまま並ぶので新鮮さが違うんです」

仕事場へは、天気が良ければ自転車、そうでなければ車で朝9時か10時頃に来て、6時か7時頃まで仕事をするというのが、標準的な1日のスケジュールだ。インタビューをしたのはちょうど阿波踊りの前日だったので、その時期は毎日帰りがけに阿波踊りの練習に参加してから帰宅するのだと、楽しそうに話してくれた。

同僚と机を並べるのではなく、広々としたコワーキングスペースで一人きりで仕事をするのは寂しくないのか聞いてみると、「むしろ集中できて良い」という答えが返ってきた。じっとしているよりは身体を動かしていた方が頭が働くというタイプらしく、時々外に出て緑を眺めたりできるのも良いそうだ。また、一人で仕事しているといっても、町の人や視察者がやって来ることも多く、丸一日誰も話しかけてこないという日はない。それも気分転換になるし、だからこそ一人で集中できるときにしっかり仕事しようと思うのだそう。

社員が好きな場所で働くことができる理由

このように、神山町は本橋さんにとって暮らすにも働くにも理想的な場所であるようだ。でも、常に今の場所で働き続けたいというわけでもないらしい。

「僕は、仕事する環境を変えていきたい質なので…。
今後は、美波町の方で1週間くらい仕事して、その後は三好(※)の方に行ってまた1,2週間…、というふうに場所を変えながら仕事をするというのをやろうかなと。
とりあえず来月は一ヶ月フランスに行くので、パソコンを背負っていってそこで仕事しようかと思ってます」
(※徳島県三好市。神山町や美波町同様、サテライトオフィスの誘致に力を入れている地域)

この記事が公開される頃に本橋さんは、有給休暇で1ヶ月間の海外旅行に出ているはずだ。先に出てきた『カフェ オニヴァ』の店主や従業員たちと一緒にフランスやイタリアなどを回るのだそう。

海外でのサテライトワークも体験してみようということで全く仕事をしないわけではないようだが、会社員でありながら1ヶ月も海外を旅行するというのは、通常ではなかなか難しいことではないだろうか。

だが、ダンクソフトの場合、社長の星野晃一郎(ホシノ コウイチロウ)さん自身がサッカーのワールドカップのたびに開催地で観戦し、仕事もするというスタイルを1998年のフランスワールドカップのときから実践している。そのため、社員に対しても何かあった時のためにパソコンを持って行くなどの準備があれば、長期休暇をとることに理解があるのだ。

星野晃一郎さん

Profile

星野 晃一郎 Hoshino Koichiro

1956年 日本橋生まれ
1986年 9月 株式会社デュアルシステム(現 ダンクソフト) 代表取締役就任
1986年10月 ㈳東京ニュービジネス協議会入会 多くの部会長、委員長を歴任
現在 理事 会員ネットワーク委員長
1987年 2月 通産省認定 情報処理特種技術者
1991年11月 ノベル社 ネットワーク管理者
2000年11月 ヴェリサイン社 認定セキュリティー管理者
2002年 3月 ストックウェザー株式会社 取締役
2011年 4月 ㈱中央エフエム 取締役
2011年 7月 ㈳ エコ・ペーパーレス協議会設立 代表理事
2014年 2月 日本パエリア協会 理事 7月 国際コンクールを豊洲で開催 来場者は5000名を超えた。
2014年 7月 中小企業IT経営力大賞倶楽部設立 事務局長
1998年のワールドカップより 長期休暇取得を実践(2週間 1600㎞ドライブ)
2002年 日韓ワールドカップでは開幕戦をソウルで。決勝戦は横浜でボランティア。1か月ほぼ会社の外で活動。
2006年 ドイツ大会では ドルトムントのブラジル戦後にウィンブルドンでのテニス観戦、準決勝のミュンヘンまで3週間3600㎞走破。
2014年 ブラジル大会も初戦レシフェ、2戦目ナタウで観戦。2週間休暇取得
週末は欠かさずテニスをしてリフレッシュ。ワークライフバランスを実践している。

勤務地についても、社員それぞれが一番効率的、意欲的に働ける場所を選べば良いという考え方だ。本橋さんのように田舎のコワーキングスペースで働く社員もいれば、栃木で在宅勤務をしている社員もいる。現在東京のオフィスにはトルコ人の社員もいるが、「彼が国に帰れば、トルコの拠点もできるかもしれないね」と星野さん。普段オフィスに出勤して働いている社員たちも、台風が来れば多くの人が在宅勤務に切り替えるのだそう。

特に東京で働いていると、通勤時間が長くつらいものになりがちだが、その時間に対して会社はお金を払ってくれるわけではない。その上通勤で疲れてしまって休みの日にも何もできないということにもなりかねない。社員が自由に働く場所を選べれば、時間と体力の節約になるし、余暇が充実すれば意欲が増し、仕事の質も高まるだろう。また、災害などでどこかの拠点が機能しなくなったときのリスク回避にもなり、都会に広いオフィスを構えるために高い家賃を払う必要もなくなる。働く場所が分散している方が社員にとっても会社にとっても良いはずだ、というのが星野さんの考え方なのだ。

だが、社員それぞれがどこにいても働けるためには、そのためのしくみとノウハウが必要だ。

星野さんによれば、勤務地を分散化させていく際にポイントとなるのが、「間接部門に人を置いていない」ことだという。拠点を増やすたびに経理や総務などを行う人を配置していたら、コストがかかって仕方ない。ダンクソフトでは、経費の精算や請求書の発行、各種手当ての申請などを専門の担当者に頼まなくても、社員ひとりひとりがセルフサービスでできるよう、システムを開発してきた。

また、早くから社内のペーパーレス化に取り組んでおり、仕事に必要な書類はデータでクラウド上に保管し、いつでもどこからでも利用できるようになっている。

こういったしくみがあるから、社員は何かの手続きをしたり書類を確認したりするために出社する必要がなく、どこででも仕事ができる状態になっているのだ。

さらに、MicrosoftのLyncというシステムを導入し、各社員がそれぞれ別の場所にいても、パソコンの画面上で相手の状況を確認し、必要であればチャットやビデオ会議ですぐにやり取りができるようになっている。一箇所に集まらずとも、チームでの仕事ができるようになっているのだ。

東京のオフィスにて。モニターには各地で働く社員の様子が映っている。各拠点とビデオ会議を常時接続し、いつでもマイクを通して話ができる。(参考:サテライトオフィスとの遠隔コミュニケーションを大学生が体験)

東京のオフィスにて。モニターには各地で働く社員の様子が映っている。各拠点とビデオ会議を常時接続し、いつでもマイクを通して話ができる。(参考:サテライトオフィスとの遠隔コミュニケーションを大学生が体験

ただ、しくみが整っていたとしても、社員がバラバラの場所で働くということに関して慣れていない会社であれば、心配なことは色々出てくるだろう。特に懸念されることが多いのが、働く様子が見えない状態で、上司は部下を適切に評価できるのか? ということだ。

この点に関して星野さんは、「相手の姿が見えないから評価ができないという状況は、そもそもちゃんと評価ができているとは言えない」と言う。
非製造業の仕事は大半が「頭の中」の仕事で、そのプロセスは目に見えるものではない。やり方についてはある程度自主性に任せ、結果を評価する。それがきちんとできていれば、別の場所にいても問題ないはずなのだ。

またチーム内のコミュニケーションについても、星野さんは遠隔だから難しいということではないと言う。

interview

「行き違いはなくはないけれど、それは会っていてもチャットでも一緒ですよ。マナーを守るとか、『言った言わない』にならないようにちゃんと情報共有をすることができるかどうかです。
面白いのは、むしろビデオ会議の方が画面の向こうの相手に集中する分、コミュニケーションが厚くなるんですよ。だからあまり長時間続けていると疲れるので、短時間で済ませることができますね」

どこでも仕事ができるようにするということには、社員個人の生活や仕事の質を上げるという効果の他に、社内のマネジメントやコミュニケーションのレベルを上げるという効果もありそうだ。

会社のためではなく自分のために仕事をすることで、自由を得る

デスクに座る本橋さん

社員の自由な意志を尊重してくれる会社で、自分の理想とする働き方を実現している本橋さんに、今より自由に働きたいと考えている人へのアドバイスをお願いした。

「すごく心がけていることがひとつあるんです。ちょっと適切な言い方かどうか自信がないのですが(笑)、『明日首になっても仕方がない』という心構えで働くようにしています。
今いる会社からしか求められない人材になると、(首になったら困るので)キャリア形成に自由度がなくなってしまいますよね。
会社のための仕事をするんじゃなくて、自分のために仕事をする。つまり将来なりたい自分になるためにうまく仕事を作ってそのために技術を身につけていくようにすれば、もし会社を辞めても僕に対して仕事を依頼してくれるところがあると思うんです。そういう状態であれば、会社に対して対等に物が言えます。そこで自由を許してくれない会社なら辞めることになるかもしれないし、許してくれる会社なら希望が叶うわけです」

そのような心構えでやりたいことに取り組んできたからこそ、本橋さんはダンクソフトのような自由を尊重してくれる会社に出会えたのだろう。

会社にとっても、社員の自由を尊重することが、自律的に働く優秀な人材をつなぎとめ、力を発揮してもらうのに有効であることが分かる。

このような組織と個人の関係は、目指すところが合わなくなった場合には退職という可能性もあり、双方に緊張感のある関係ではある。しかし、変化の時代の中、組織としてのパフォーマンスを上げ、個人の幸せも追求していくためには、とても有効なスタイルだと感じた。

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取材・文/やつづか えり 撮影/八塚 裕太郎・木納 静穂・やつづか えり

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