My Desk and Team

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最先端ベンチャーが生み出す、新しい「地方の仕事」

2014/09/17   更新:2018/11/30

前回の記事で紹介した「えんがわオフィス」は、株式会社プラットイーズのサテライトオフィスであると同時に、株式会社えんがわの本社でもある。

株式会社えんがわは、プラットイーズの隅田会長が神山町にすっかり魅了され、神山発の事業を起こしたいと、昨年設立した会社だ。手がけるのは4K・8K映像の制作やアーカイブ事業で、大容量のデータを送受信できるネットワーク回線さえ確保できれば、どこででもできる事業だ。その点、光ファイバー網が整備された神山町は条件をクリアしている。しかし、最先端の技術を扱う会社をわざわざ田舎の町で設立する例は他にない。それだけで業界の話題になり、多くの人が視察に訪れているそうだ。

えんがわオフィスの敷地内にある「蔵オフィス」。

えんがわオフィスの敷地内にある「蔵オフィス」。

「蔵オフィス」の内部には、映像編集の機材や4Kモニターが揃っている。

「蔵オフィス」の内部には、映像編集の機材や4Kモニターが揃っている。

えんがわの社員は、基本的に徳島県内で雇用された人たちだ。そのうちのひとり、神山町で育ったという生粋の地元っ子である広岡早紀子(ヒロオカ サキコ)さんにお話を伺った。

Profile

広岡 早紀子 Hirooka Sakiko

四国大学卒業後、徳島市内で就職。
2013年地元神山で東京から企業がきたと聞き、社員を募集していたので応募。ちょうど1年前の2013年9月~㈱えんがわで働く。
番組表の作成など放送に関する一連の流れを主に作業している。
就職がなく地元で仕事がなく帰ってきたくてもこれなかったが現在は当社以外にも多数の企業がサテライトで来ているので地元での雇用も少しずつ産まれている。
私も、そのうちの一人です。

子育てするなら神山がいい

高校進学時に家を出て、徳島市内の下宿先から通学していた広岡さん。大学卒業後はできることなら地元で暮らし、働きたかったという。

「何かあった時にすぐに親元に帰れるし、それに、もし子育てすることになったら神山がいいかな、と思って。
神山の子は、道ですれ違ったら誰にでも挨拶をするのが普通なんです。でも、高校に入って市内に出た時に挨拶したら、『え、誰?』という顔をされて…、ちょっとつらかったんですよね」

だが、これまでは地元に職がないため、若者はみんな町を離れるのが一般的だった。広岡さんも一人暮らしをしながら徳島市内の会社で経理の仕事をしていた。しかし、ある日えんがわのことを知り、運良く地元で働くチャンスを得たのが1年前のこと。東京での2ヶ月の研修の後、えんがわオフィスで働くようになったのだ。

なお、地元で育った広岡さんは、今えんがわオフィスがある場所を以前から知っている。以前は雑木林のような状態だったので、それがきれいに整備されていてびっくりしたそうだ。

現在の「えんがわオフィス」。改修直後は、もっと黒色が際立っていたそう。

現在の「えんがわオフィス」。改修直後は、もっと黒色が際立っていたそう。

同僚や町民との暖かい交流のある職場

広岡さんは、朝は8時45分ころに出勤し、みんなで掃除と情報共有のための朝礼をした後、業務にとりかかる。現在担当しているのは、BSやCSテレビの番組表のデータを作ったり、ドラマの本編の下に入るCMの情報を登録したりといった、テレビ局向けの仕事だ。間違えると放送事故になってしまうので、真剣に取り組んでいる。

広岡さんのデスク

基本は6時上がりだが、忙しい時は7時、8時になることもある。同じオフィス内でプラットイーズの社員や他の企業の人たちが合宿をしていたりするので、夜まで仕事をしていると2階で宴会が始まることもあるが、そんな中で仕事をすることにももう慣れたという。

東京から来た人たちの輪に広岡さんたちも加わって、一緒に鍋をしたりすることもある。そんな機会が多いので、業務上はあまり接点のない他のチームの人達とも交流が生まれ、職場内はなんでも言い合える良い雰囲気で、とても働きやすいそうだ。

また、近所のおばちゃんが野菜を持ってきてくれたりすることもあるなど、町民との交流があるのも、神山のオフィスならでは。

「私はずっとここで育ったから気づきませんでしたが、みんなは『町の人が受け入れてくれる』って言いますね。
朝、道を歩いていても地元の人が『今日は元気ないんじゃない?』って声をかけてくれたりすることはよくありますよ」

神山の人たちは人と話すことに抵抗のない人が多く、よそから新しく来た人に対してもオープンすぎるくらいオープンなのだそう。それは、前の記事で触れた、ALTの研修生や芸術家達を受け入れてきた歴史の影響も大きいのだろう。広岡さんも、小中学生のときにはALTの外国人がホームステイしていたことがあり、外国人やよそ者に対しての抵抗がないのだという。

仕事さえあれば、神山が一番

高校時代から徳島市内で長く過ごし、えんがわに入社後の研修期間中は東京での生活も経験した広岡さんだが、働く場所、暮らす場所として過ごしやすいのは、やはり神山なのだという。

「今は(コンビニの)サンクスもできたけど、なくても全然大丈夫だったし、徳島市に出るのも車で3,40分くらいなので、仕事さえあれば、神山での暮らしで不便なことはないと思います」

しかし、広岡さんと同世代の人たちは、たいてい町を出て他の土地に定着してしまっているので、これから就職する子たちのためにもっと働き口が増えれば、と願っている。

「それは、継続できる仕事である必要があります。結婚してからもできるようなことでないと。
その点、今の仕事は子どもがいて働いている人もいるので安心ですね。
もし自分に子どもができたら、実家も近いので頼れるし、両親もそれを喜んでくれると思います」

プラットイーズやえんがわの社員は、ある程度のスキルが身につけば在宅勤務も可能だ。実際、子育てしながら在宅で働いている社員もいる。

隅田徹さん

Profile

隅田 徹 Sumita Tetsu

1962年2月生まれ 大阪府出身
1987年株式会社日本ケーブルテレビジョン/JCTVにおいてCNNニュースの日本における配信事業に従事
2001年株式会社プラットイーズ(本社:東京都渋谷区)設立 代表取締役社長
メタデータ(番組詳細情報)の編集・配信、映像アーカイブス事業を開始
2011年株式会社プラットイーズ 取締役会長(現職)
2013年株式会社えんがわ(本社:徳島県神山町)設立 代表取締役社長(現職)
4K8K映像のアーカイブス事業を開始
2014年株式会社神山神領(本社:徳島県神山町)設立 代表取締役社長(現職)
サテライトオフィス体験ができる滞在型宿泊施設を開設

新しいタイプの「地方の仕事」

プラットイーズの会長であり、えんがわの社長でもある隅田さんによれば、映像関連の専門技術を必要とするベンチャー企業は、経験者を中途採用するのが一般的だ。だが、えんがわでは神山発の企業として地元の人を雇いたいと考えているので、それが難しい。

地元には経験者などいないので、未経験者を雇って教育する必要がある。隅田さんにとってそれは新しい挑戦で、人材が育つまではコストもかかる。だが、田舎だからこそ、時間とコストをかけて育成することにも意味があると考えているようだ。

通常この業界で働く人は、「会社に就職する」というよりも「自分の専門性で食べていく」という意識の方が強く、人材の流動性が高い。中途入社した社員はスキルが上がればまた他の会社に転職したり独立したりすることが多いのだ。しかし、えんがわで雇った地元の社員達は、特定の職種に就きたいというよりは、この地域で働きたいという動機で入社しているケースがほとんどなので、定着率が高いと予想される。だから教育コストをかける意味があると考えられるのだ。

また、隅田さんによれば、自然豊かな田舎はクリエイターを育成する場所としても適している。インターネットのおかげで今や技術的な情報はどこにいても手に入るので、田舎だから不利ということはない。逆に都会にいると受け取る情報がありすぎて、クリエイターにとって大事な「五感で感じる」ということが疎かになってしまう。季節や時間による山の色の違いを感じ取るような感性は、田舎の方が身につきやすいのではないかというのだ。

さらに、先の広岡さんの言葉にもあるように、スキルを身に付ければ在宅勤務も可能になる。将来的には、もし会社を離れることになっても、そのスキルを活かして別の場所で働き続けられる可能性があるので社員のためにもなるだろうと、隅田さんは考えている。

サテライトオフィスを作るにあたって隅田さんが全国の候補地を巡ったとき、ほとんどの自治体は非製造部門が来ることを望んではいなかったという。工場やコールセンターができるなら地元の雇用が生まれるが、非製造業の本社機能やデザイン部門が来ても地元にそんな人材はいないから、雇用増にはつながらないだろう、というのが自治体の発想だったのだ。

確かに、規模の大きい工場やコールセンターができれば多くの雇用の受け皿になる。でも、そこで働き続けることでキャリアアップをしていくのは難しいだろう。えんがわで行われているような仕事、すなわち、これからの時代に必要とされるスキルを身につけるチャンスがあり、インターネット環境があればどこででもできる仕事は、工場やコールセンターに変わる「地方の仕事」になり得るのではないだろうか。

えんがわの取り組みは、新しいタイプの「地方の仕事」を確立する実験と捉えることもできる。今後5年、10年と、長期的に取り組んで結果を出していくことで、同様の取り組みが増え、地元で暮らしたいという人たちが幸せに働ける職場が増えれば素晴らしいと思う。

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取材・文/やつづか えり 撮影/八塚 裕太郎

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